力道山没58年法要で末期の肺ガンから生還した息子の百田光雄が「もう一度リングに」

多くの参列者が長い列を作った

 日本プロレス界の父である力道山(本名・百田光浩)の「没58年法要」が命日である12月15日、東京・大田区の池上本門寺で営まれた。

 力道山は故ジャイアント馬場さん、アントニオ猪木らの師匠。大相撲では関脇まで昇進したものの1950年9月場所前に突然、自らまげを切り廃業。アメリカでの修行を経て、1953年に日本プロレスを設立すると、シャープ兄弟との激闘などを通じて国民の心をがっちりとつかみ、国民的ヒーローとなった。しかし人気絶頂にあった1963年12月に赤坂のナイトクラブ「ニューラテンクォーター」で暴力団の構成員の男に刺された傷がもとで12月15日に39歳の若さで死去した。

 この日の法要は力道山の実子となるプロレスラーの百田光雄を施主として行われた。

 百田は今年1月にステージ4の肺ガンが発覚。3月頭から入院し、放射線と抗がん剤での治療を行ってきた。一時は1カ月で80キロ以上あった体重が50キロ台まで落ちるなど危険な状態になったが、回復。現在はリング復帰を目指し、トレーニングを行っており、体重も70キロ台まで戻っているという。この日はしっかりとした足取りで法要に参列した。

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