長引く外出自粛による体重減少や筋力低下も…高齢者のリスク「フレイル」とは?
新型コロナウイルスの影響が長期化する中、高齢者にとって感染予防だけではなく、外出自粛にともなうフレイル対策が重要だといわれている。では「フレイル」とはどのような状態で、どんなことに気をつければいいのだろうか。『年をとったら食べなさい』(飛鳥新社)の著者で、在宅医療を行う「医療法人社団悠翔会」理事長でもある医師の佐々木淳先生に解説してもらった。
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筑波大学を卒業後、社会福祉法人三井記念病院に勤務。その後東京大学大学院に進学し、2006年にアルバイトとして在宅医療に出会ったという佐々木先生。
「一般的に医師の仕事は病気を治すことですが、実は高齢者の病気の大部分は治らないことが多く、がんや難病など治せない病気もあるのです。患者さんは“病気が治るんじゃないか”と期待を抱いて病院にくるので、治らないと知るとがっかりする方もいらっしゃるのですが、がっかりしても病気とともに生きていく運命からは逃れられません。在宅医療を通じて、病気とともに生きていく選択肢があることを患者さんたちから学ばせていただき、在宅医療の診療所を立ち上げました」
そもそも、フレイルというのはどのような状態をいうのだろうか。
「英語のFrailty(フレイルティー)が語源で直訳すると脆弱さ、虚弱で弱々しい状態をいいます。もともとは足腰が弱ってきたけれど、まだ介護が必要ではない、健常者と要介護のちょうど中間くらいの方をフレイルと呼んでいます。最近は物覚えが悪くなった、1人で塞ぎ込みがちといった精神的なフレイルや、家に引きこもって誰とも会わず、社会とのつながりが希薄な状態を社会的フレイルと呼ぶなど、フレイルの概念も広がってきています。大きく分けると体・心・社会とのつながりのいずれにおいても、脆弱さが要介護度や健康状態に悪影響を及ぼすことは明らかになっています。
フレイルには5つの診断基準があって3項目以上が該当するとフレイル、1つも該当しないとロバスト(Robust、健常者)、1~2つの項目が該当するとプレフレイルといいます。
主に身体機能に関して①半年間で2kg以上体重が減少すること。②筋力の低下。握力でいうと男性は28kg、女性は18kg未満になること。ペットボトルのふたが開けられないとフレイルが疑われます。③何かしたわけではないのに疲れやすい疲労感、倦怠感。④歩行速度の低下。一般的に秒速1mより遅くなると低下が考えられます。患者さんには4車線で幅が約25mの横断歩道を、渡り終える手前に信号が点滅し始めるのは歩行速度が遅いんじゃないかと伝えています。⑤日頃どれくらい体を動かしているか。定期的に運動しているか、自宅で軽いストレッチや体操をしているか。体を動かす機会が週に1回未満であれば、身体活動が低下していることになります」
フレイルになる原因は?
「すごく複合的だと思います。新型コロナウイルスの影響でフレイルが増えたといわれるのはなぜかというと、外出する機会が減って体を動かさなくなりました。体を動かさないとお腹が減らず、食事の量が少なくなって体重が減りますし、筋力も低下していきます。これだけで先ほどの診断基準の3つに該当してしまうのです。
フレイルの物理的な要因でいうと、体を動かす機会や目的があるかどうか、必要なエネルギーが食事で取れているかどうか。エネルギーというのは私たちが生きていくために必要な燃料で、足りなくなると自分の体を分解して体重が減ってしまいます。また、筋肉や骨、脳、臓器、皮ふ、髪などはすべてたんぱく質でできているので、たんぱく質が足りなくなると体が脆弱になります。栄養というとビタミンやミネラルだと考えがちですが、高齢者のフレイル対策で大切なのはまずエネルギー、そして体を維持するためのたんぱく質を確保することです。
たんぱく質は肉や魚にたくさん含まれているので、それらが少ない食事だとたんぱく質が足りなくなってしまいます。また、肉や魚、卵、牛乳は油と一緒に取ることが多いので、脂っこい料理やコレステロールを避けていると、エネルギーは十分でもたんぱく質が足りないケースがあります。日本の食事は糖質が多くてたんぱく質が少ないので、高齢者の場合は特に意識して取らないと栄養面からフレイルになる方が多いと思います」
フレイルになるとどんなことが起こるのだろうか。
「一番困るのは体の機能が低下することです。たとえば外出する時に段差を下るのが心配になると、エレベーターのない集合住宅に住んでいる方は外出の機会が減って、買い物に行くのもおっくうになると食事の量そのものが減ってしまいます。自分で包み紙やペットボトルのふたを開けられなくなる方もいらっしゃいますし、日常生活全般でできないことが増えてくるので、活動自体がおっくうになっていくケースが見られます。
フレイルになると高まるリスクに転倒・骨折があります。運動機能が低下すると筋力だけでなく、持久力、瞬発力、バランス機能なども低下していきます。高齢になると瞬発力やバランス機能が低下して転びやすくなり、転んだ際に大事な場所が守れず大腿骨(太ももの骨)を骨折してしまう方がいらっしゃいます。たんぱく質が足りないと骨密度も低下するので、フレイルの方は骨密度が低下している方も多いのです。
もうひとつのリスクが、意外と思われるかもしれませんが肺炎です。肺炎は高齢者の死因のトップに挙げられるのですが、高齢者の肺炎の多くは誤嚥性肺炎です。誤嚥性肺炎の大部分は就寝中に口の中に溜まった唾液が気管に入り込み、唾液中のばい菌が肺の中で炎症を起こします。実は若い方にも起こっていることですが、若いと抵抗力があるので、少し唾液が肺に入っても免疫細胞がばい菌をやっつけて肺炎になることはまれです。
誤嚥性肺炎を防ぐためには、気管に入り込んだ唾液を吐き出す力も大切です。たとえば、お茶を飲んでいてうっかり気管に入り込むと、激しくむせて吐き出すことを咳反射といいます。ところがフレイルの高齢者は、咳反射が起こりにくくなったり、起こっても力が弱かったりして誤嚥を防ぎきれないのです。フレイルは誤嚥性肺炎の独立したリスク要因だと明らかになっています」