百貨店ほど知見を高めてくれる利便性◎な場所はない! でも、そりゃないよ……〈徳井健太の菩薩目線 第139回〉
“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第139回目は、老舗百貨店の功罪について、独自の梵鐘を鳴らす――。
物の価値を知ることって、本当に大事だなって思う。
40歳を超えて、ある程度世の中の物の価値っていうものがわかってきたからなのか、きちんとしたところで、それ相当の値段のするものを吟味する。そんな行為を、ここ最近は自分の中で大切にしている。
訪れる場所は、どこだっていい。その人が、「ここには価値があるものがある」と感じられる場所だったら、どこでもいいと思う。
私、徳井健太の最近のお気に入りは、百貨店。百貨店へ行くと、その名の通りさまざまなものが売られていて、目を丸くするような高価なものも売られている。しかも、美術館のように入場料が発生するわけではないから、世の中を知るという意味では(「こんな商品があるんだ!」とか、「こんなに値段が高いの!」とか)、百貨店ほど便利な場所はないんじゃないのかなと思うくらい、はまっている。
世間的に、とても有名で老舗だろう百貨店へ行ったときのお話。
プレゼント用の食器を見ていると、平気で5万円ぐらいする食器が陳列されていた。チタン、銅、すず、ステンレス……同じ形のグラスなのに、マテリアルでまるで値段が変わる。そんな当たり前のこと一つとっても、その差額に驚き、ものの価値の深さを学ぶ。「う~ん」と自問自答してみたり。
驚いたり呆れたりしながら食器を眺めてると、ふと江戸切子が視界に入った。
お返しの意味を含むプレゼントだから、きちんとしたものを贈りたかった。江戸切子なら、「嫌な気はしないのでは」。そう思った俺は、フロアにいた店員さんに、購入の意思を伝えることにした。
その店員さんは、いかにも高級な商品が並ぶフロアにいてもおかしくなさそうな年配の方だった。「桐の箱に入れますか?」、その言葉もとてもスムーズだった。アドバイスに従った俺は、審査が通ったばかりのクレジットカードで商品を購入。暗証番号を入力し、緑の enterキーを押し、しばらくして操作は完了。年配の店員さんが、カードを返してきた。
――。はずだった。でも、俺に向けられていたのはクレジットカードではなく、カード差し込み口の機器だった。
いや。差し込み口にカードが刺さったままで、感染症対策のため自分で取ってくださいというわけじゃない。店員さんの右手にはカード差し込み口の機器、その左手には抜き取ったクレジットカードが握られていた。
差し出すべき手を間違える……そんな間違いが存在するんだろうか。
困惑の表情を浮かべていると、その店員さんはようやく気がついたのか、「すいません! 間違えました!」と慌てて左手を差し出してきた。カードを受け取った俺は、なんだかとても不安な気持ちになった。
老舗デパートで自分で選び、納得して商品を購入したという高揚感は、目の前の年配店員の手によって、焦燥感へと一変してしまった。まだ、会計が終わっただけ。この後には、桐の箱に包んで手渡すという一連の工程が残っている。差し出すべき手を間違えるような人だから、「江戸切子を割ったりしないだろうか」。そんなフラグが、ビンビンと立っている気がしてならなかった。
「梱包しますので、少しお時間をください」
そう言い残してバックヤードに消えていく年配店員。焦りを打ち消すように、再び陳列されている高価な商品に目を向け、心を落ち着かせる俺。5分ほど経っただろうか、突然後ろから
「俺じゃないよ」
という強めの声が聞こえた。なんだろうと思って振り返ると、あの年配店員が、黒髪で中肉中背、まるで俺とはシルエットが違う人物に、江戸切子が入った紙袋を渡そうとしていた。怖かった。
右半分だけ茶色がかった特徴的な髪の毛の俺は、その様子をずっとながめていた。
すると、気配に気がついた年配店員は、「あ!」と俺を指差し、半笑いの表情を浮かべながら照れくさそうに歩いてきた。「間違えちゃいました!」だって。あと、指を指すんじゃない。
老舗デパートだよ。しかも、結構な高級商品が売っているフロア。それなりの場所に、おっちょこちょいでは済まされないような人物がいることに唖然とした。
「俺じゃないよ」という声が耳に入らなければ、俺はどこの誰だか知らない人に、江戸切子をプレゼントする羽目になっていたかもしれない。
物の価値って、いろいろな見方がある。その一つに、金額という価値基準がある。それは疑いようがない。その一方で、安くてもいいものを探す審美眼だってある。どちらにしても、自分が良いと思ったものを信じるということは大事だろう。でもときに、外野によってぶち壊され、怒りを買う可能性があるということを再確認した。百貨店は、ホントに何でも売っている。
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen
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