ムード歌謡、初めての恋…タブレット純「ブレずにやっていれば、何となく道が開けていく」
密やかな話し声と朗々と響く低音のボーカルで聴衆をとりこにする。歌手で芸人のタブレット純は、自身が歌う「そんな事より気になるの」ではないけれど、妙に気になる存在だ。古本屋の店員、介護職を経てムード歌謡グループ「和田弘とマヒナスターズ」のボーカルに。近年はムード歌謡漫談や昭和歌謡の伝道師、文筆業でも独自の世界を切り開く純に、自らの半生を綴った初の自伝『ムクの祈り』(リトルモア)について聞いた。
※インタビューの中で『ムクの祈り』の内容に触れている部分があります。
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自分の中で “これは文学だ” という認識があった
ラジオ番組の収録を終えたタブレット純は、別の星からやってきたような浮遊感で取材現場に現れた。初めて自伝を書こうと思ったきっかけを尋ねると、ポツポツと胸のうちを話し始める。
「出版社の編集の方から “自伝を書いてみないか” というお話をいただいて。インタビューした原稿をまとめてもらうか、自分で書くかという選択肢があって、せっかくなので自分で書いてみようかなということで執筆しました。インタビューで人生を振り返ることはこれまでにもあったんですけど、自分自身で人生を振り返って書くことは初めてだったかもしれません」
ガラケーで書いた原稿の執筆期間は2年ほどで「最初はもう少し幼い頃のことを書いていて、途中まで原稿を送っていたんですけど、いまひとつ自伝っぽくならなくて。ちょっとしたエッセイのような読み物になってしまったので、あまり少年時代に固執しないで、全体を振り返っていって今の形になりました」といい、
象徴的なタイトルについて「幼い頃の記憶をたどると、一番印象にあったのが犬のことだったんです。考えてみると自分自身が野良犬みたいなところがずっとあって、ムクに重ね合わせて書いていくうちに “書けそうだな” という実感がありました。最初は『ムク』だけにしようかなと思っていたんですけど、最終的に『祈り』という言葉が一番しっくりくるかなということで、このタイトルになりました」と明かす。
初めての恋や女性になりたいという願望、自らのコンプレックスまでつまびらかにされる本書。
ここまで踏み込んだ内容にした理由を「自分の中で “これは文学だ” という認識があったので、赤裸々に書いてこそという思いがありました。そんなに本を読んでいるほうではないんですけど、読んできたものが太宰(治)や三島由紀夫の『仮面の告白』、中島らもさんだったこともあって、コンプレックスや罪を披瀝するのが文学なんじゃないかなと思ったんです。やるからには隠して書いたら意味がないと思って書いているうちに、ある種の太宰的な感覚が芽生えてきて、割と自分の正直な思いが所々に出るようになりました」と語った。