「海洋国家日本」の外交・安全保障戦略(その3)
前回概観したような南シナ海はじめ海洋の「戦略的国境」を拡大して行く中国の動きを60年も前に予言していたのが、米国の地政戦略家ニコラス・スパイクマンである。曰く、「近代化し軍事力を増強した中国は、アジアの地中海(南シナ海)で西側諸国への脅威となるだろう。航空戦力を有した中国は、その大陸的性格と相まって、アジアの地中海を制するだろう」(ここでいう「航空戦力」には、今日、航空機のみならず弾道ミサイルや巡航ミサイルも含めなければなるまい)。
このスパイクマンの“予言”を証明するかのような発言が中国海軍首脳から2008 年に飛び出したのである。5月14日に行われた米印軍事協議の席上で、キーティング米太平洋軍司令官がインド海軍のメータ参謀長に中国海軍首脳の言葉として伝えた内容がインドの新聞にすっぱ抜かれ、それが世界を駆け巡ったもの。それによると、中国海軍首脳は、中国が将来空母を複数保有することを前提に、次のように言ってのけたというのだ。
「米国はハワイの東を、中国はハワイの西とインド洋を支配する。そうすれば、米国は西太平洋とインド洋に手を延ばす必要がなくなる。われわれも東太平洋に出ていかなくて済む。われわれのほうで何かあれば米国に知らせる。そちらで何かあれば中国側に知らせてほしい」
西太平洋に加えて、自国の海岸線を持たないインド洋にも言及した、中国海軍首脳の自信あふれる発言といえる。
今やGDPで日本と肩を並べるに至った中国は、過去20年で軍事費を20倍に膨張させ、公表786億ドル、実質ベースで1500億ドルを突破し、すでに日本(約500億ドル)の3倍を超えた。しかも注意を要するのは、経済成長に合わせて軍備の拡張が行われているばかりでなく、それが確固たる長期戦略に基づく周到な計画に裏付けられている点だ。
中国の海洋軍事戦略は、1982年にまで遡る。設計者は、�ケ小平の右腕と言われた劉華清提督(中国共産党中央政治局常務委員まで務めた人民解放軍海軍の最高指導者)だ。曰く、「2010年までに第一列島線(日本列島から奄美・琉球・先島諸島を経て台湾、フィリピンからボルネオに至る島嶼ライン)の内側から米国の制海・制空権を削ぎ落とし、2030年までに第二列島線(小笠原諸島からテニアン・グアムを経てパプア・ニューギニアに至る島嶼ライン)の内側から米国の制海権を排除し、2040年までに西太平洋とインド洋で米国の制海権の独占を阻止する」というのである。この60年がかりの遠大な海軍戦略に基づいて、着々と軍備増強、行動範囲の拡大を進めてきたのだ。
内閣総理大臣補佐官(外交・安全保障担当) 衆議院議員 長島昭久