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改めて皇位継承問題を考える(その二)【長島昭久のリアリズム】

2021.05.10 Vol.741

 

 歴史上、たしかに10代8方の女性天皇(女帝)がおられます。しかし、歴史的経緯を子細に見てみれば、これらはあくまで例外の「中継ぎ」であることがわかります。しかも、すべて男系であり、即位後に婿も取られず、子も産んでおられません。すなわち、皇位は、男系継承が古来例外なく維持されてきたのであって、女系に道を開くようなことは厳格かつ慎重に避けられてきました。これが揺るぎない皇統の大原則なのです。

 なぜ女系が許されないのか。それは至極簡単な理屈です。女系というのは父が皇統に属さない天皇のことで、これを認めれば別の王朝(易姓革命)となってしまうからです。我が国は建国以来、世界で唯一の単一王朝(万世一系)であって、まさにそのことが“ありがたい”のです。つまり、皇位は血統こそが正統性の源ですから、神話の世界も含めて二千年の時を遡って神武天皇に繋がっていることの“ありがたみ”というものが、天皇の権威の大本になっているのだと私は思います。

 しかし、この大原則が、ただ“ありがたい”ものだと受け身で、何らの努力もなく自然に任せて貫かれてきたわけではありません。皇位継承の歴史を紐解けば、過去に7度、男系断絶(すなわち、皇統断絶)の危機があったといいます。そのつど、先人たちが苦心惨憺し危機を乗り越えてきました。直系の皇子がおられない場合は、傍系を何代にもわたり遡ってでも男系男子を見つけ出し、皇位を引き継いできたのです。200年も遡り、越前にいらっしゃった(男系の)王を探し出して皇位に就いていただいたのが継体天皇ですが、これなどがまさにその典型例です。こうした苦労に苦心を重ねながら、今日に至るまで、万世一系という血統原理を貫いてきたのが、我が国の天皇の歴史です。

 しかし、「守れればいいけれど、男子がお生まれでないのだから、女帝でも女系でも仕方がないではないか」というのが、女性宮家論や、女系天皇容認論です。

 果たして、本当に「仕方がない」のでしょうか。

 じつは、皇位継承資格をお持ちの男系男子は現にいらっしゃるのです。正確には、74年前までいらっしゃいました。それは、戦後、GHQの命令によって皇籍を離脱せざるを得なかった、「伏見宮」系の11家51人の方々です。

 確かに、今の皇室から見て600年前に分かれた伏見宮系の方々では血縁が遠すぎるのではないか、皇籍離脱してもう70年余も一般人として生活しているのだから国民の理解は得られないのではないか、などという声はあります。

 しかし、敢えて私が申し上げたいのは、600年も遡れるお血筋が存在することこそが“ありがたい”のではないか、ということなのです。それが、男系の血統を受け継ぎ、しかも74年前まで皇位継承の資格を持っていた旧宮家の方々なのです。(つづく)

(衆議院議員 長島昭久)

改めて皇位継承問題について考える(その一)【長島昭久のリアリズム】

2021.04.12 Vol.740

 

 政府は3月23日、「安定的な皇位継承策を議論する有識者会議」の初会合を首相官邸で開きました。会議の座長に清家篤・前慶應義塾長を互選で決定。次回以降、法律や歴史などの専門家からヒアリングを行うことを確認しました。皇位継承資格を女性皇族に広げるか、女性皇族が結婚後も皇室に残る「女性宮家」を認めるか、などが主な論点となるとされていますが、戦後に皇室を離れた旧宮家の男系男子孫が復帰する案の是非についても検討するとのことです。

 そもそも上皇陛下のご譲位を実現した皇室典範特例法の付帯決議は、安定的な皇位継承などの検討をご譲位後「速やかに」行うよう政府に求めておりました。政府は、コロナ禍で延期された「立皇嗣の礼」が無事挙行されたことを受け、それまで有識者への非公式ヒヤリングを水面下で重ねてきましたが、ようやく正式な有識者会議の発足に踏み切ったのです。議論の結果は、上記付帯決議に基づき国会に報告されることになります。

 そこで、今回から5回にわたり、安定的な皇位継承をどのように実現するかにつき、改めて私見を整理しておきたいと思います。とくに、令和2年11月8日、秋篠宮文仁親王殿下が皇位継承順位第一位であることを内外に宣言する「立皇嗣の礼」が行われ、お子様である悠仁親王殿下へと皇位が継承されることが確定した今日、皇位継承問題は大きな節目を迎えました。

 たしかに、悠仁親王殿下は14歳ですから、順調にご成長なされば、皇室はあと70年くらいは安泰といえます。しかし、その後の男子皇族が一人もおられない。2000年余「万世一系」の下に継承されてきた皇統の存続が危機に直面しているといっても過言ではありません。このような国家の根本に関わる問題について、今に生きる私たちが何とか道筋をつけなければならず、これ以上の先送りは許されないと考えます。

 最大のポイントは、日本国憲法第2条に明記される「皇位は世襲である」こと、そして皇室典範第1条に定められた「皇統に属する男系の男子がこれを継承する」こと。これが皇位継承の大原則です。私たちに課された責任は、この大原則を守るためにどのような道筋をつけることができるかということに他なりません。

 明治の旧皇室典範を作る際、当時は英国式の「女帝論」が流行っていて、元老院でもそういった案が出ていたそうです。宮内省もそれに沿って研究していました。ところが、明治のスーパー官僚・井上毅が日本の歴史文書を渉猟した上で、「皇室継統ノ事ハ祖宗ノ大憲ノ在ルナリ。決シテ欧羅巴二模擬スヘキ二非ス」と断じて女帝容認を斥けました。「女帝」とは女系天皇のことであり、結局、井上を中心に「男系の男子」原則の皇室典範がまとめられ、戦後の現典範もそれを引き継いでいます。(つづく)

(衆議院議員 長島昭久)

アメリカ大統領選挙と日本の安全保障(上)【長島昭久のリアリズム】

2021.02.08 Vol.738

 2021年1月20日、ジョセフ・バイデン大統領の就任式が、2万5000人を超える州兵による厳戒態勢の下、無事挙行された。その場所は、わずか2週間前にトランプ大統領支持者らが暴徒化し5人の死者を出した合衆国連邦議事堂前広場である。そこで、バイデン新大統領は、国民に向かって「赤い州と青い州を争わせるような野蛮な戦争は終わらせよう!」と団結を訴えたのである。しかし、その場には、赤い州を代表するトランプ前大統領の姿はなかった。新大統領就任式に前任者が欠席するのはじつに152年ぶりとのこと。トランプ氏の気性もさることながら、バイデン新大統領を待ち受ける厳しい前途を暗示しているといえよう。

 それにしても、合衆国憲法に定められた大統領任期が終わる「4年目の1月20日正午」までの道のりは途轍もなく長く険しいものだった。とくに、「大規模な選挙不正により選挙結果が盗まれた」とする疑惑は、SNSに乗って米国のみならず世界を駆け巡り、トランプ氏に対する同情や熱烈支持とともに、バイデン氏の当選(延いては、アメリカ民主主義そのもの)の正統性を著しく傷つけることとなった。

 とくに今回の米大統領選挙をめぐっていささか驚いたのは、日本のネット上でトランプ擁護論が沸騰し、「不正選挙」に対し怒りをあらわにして米国民主党や不正選挙を否定するメディア、「不正選挙の訴え」をことごとく却下した米国司法制度にまで激烈な批判を浴びせる人が多かったことだ。日本人は、いつの間にこれほど米国の民主主義や司法制度に興味や関心を寄せるようになったのだろう。

 もちろん、日本のトランプ支持者の多くが、米国の民主主義や選挙制度などに特段の関心があるわけではない。トランプ氏の対中政策に共感したり、これまで誰も口にできなかったことをズバリ発言するその本音トークに心酔してきた人々が、(Qアノンらによる陰謀論はともかく)ネット上に氾濫する「不正選挙」の噂や「動かぬ証拠!」の数々によって正義感を掻き立てられたというのが真相なのではないか。

 しかし、安全保障の観点で考えると、今回の特異現象は誠に由々しき問題をはらんでいるといわざるを得ない。それは、SNSを通じた外部勢力による世論誘導工作(influence operations)の恐ろしさである。4年前の大統領選挙では、ロシア政府による選挙介入工作の深刻さに米情報機関が警鐘を鳴らしていた。今回の選挙で、ロシアや中国(北朝鮮やイラン)による誘導工作がどの程度結果に影響を与えていたかは定かではないが、少なくとも日本社会が外部からの世論誘導にどれほど脆弱であるか、図らずも浮き彫りになったのではないか。逆に、中国のような言論統制の徹底した全体主義国家は、日本のような開かれた民主主義国家に比べ、攻撃にも防御にも強い。

 米国にせよ日本にせよ、言論・表現の自由は最大限尊重しつつも、社会の分断を助長し国家を混乱に陥れ(安全保障を損なわせ)る「フェイクニュース・スプレッター(拡散者)」の存在には、十分注意すべきだろう。
(衆議院議員 長島昭久)

今日の香港は明日の台湾、そして明後日の日本(下)【長島昭久のリアリズム】

2021.01.11 Vol.737

 JPAC(対中政策に関する国会議員連盟)は、現下の香港情勢を憂慮する民主主義国家の議会人有志によって結成されたIPAC(対中政策に関する列国議会同盟)と連帯する形で昨年7月26日に設立されました。その目的は、「中国に対しグローバルな価値観や基本的人権を恣意的に侵害しないよう求めること」(JPAC規約第2条)にあります。現在39名の超党派衆参国会議員で構成されており、最近では趣旨に賛同する「地方議員の会」も結成されました。JPACは、これまでに7回の総会を開催し、在日香港人や香港研究に携わる有識者からのヒヤリングをはじめ、主に、①香港から当局の弾圧を逃れて我が国に救済を求めてきた香港人を受け入れるための「ライフボート」政策の推進、②明らかに香港基本法違反の強権的な「国家安全維持法」により訴追された人々に対する捜査共助条約の執行を拒否するよう日本政府へ要請、③日本版「マグニツキ法」の制定、に向けた活動を行ってきました。

 日本版マグニツキ法については、すでに衆議院法制局と法案策定作業を終え、各党の法案審査プロセスに入っており、早ければ令和3年の通常国会に議員立法として提出する方向です。同法が制定されれば、①重大な国際人権法違反行為等に対し国会が政府に調査を求め、その結果を報告させることができ、かつ、②国会自身も現地調査を含む検証を行うことができ、③特定人権侵害が認定された場合には、日本政府によって資産凍結や輸出入規制などの経済制裁および入国拒否や退去強制等が行えるようになります。欧米諸国ではすでにマグニツキ法が制定されており、中国に限らず、今後、世界で普遍的価値や基本的人権に対する深刻な侵害行為が生じた場合には、我が国も国際的な連帯におけるリーダーシップを発揮することができるようになります。

 これは、香港情勢に限った問題ではありません。中国国内におけるウィグル人に対する弾圧や、台湾に対する強権的な併合圧力についても、必要に応じて我が国が主体的に行動を起こす選択肢を持つことになります。

 中国の習近平政権は、コロナの封じ込めに成功し、共産党主導の国家体制に自信を深めています。しかし、その体制は、住民を徹底的な監視下に置き、移動の制限を課し、しばしば個人の自由や尊厳を踏みにじる強権的な統治システムによって維持されています。しかも、国内のみならず、圧倒的な経済力や軍事力を背景に、その強権的な統治モデルを海外へ「輸出」しようとする姿勢を隠しません。

 このような「中国標準」が世界を席巻することのないよう、日本や台湾、オーストラリアをはじめとするアジアの自由民主主義国家は、欧米諸国と連携しながら、「自由で開かれたインド太平洋」を堅持する努力を怠ってはならないと考えます。

(衆議院議員 長島昭久)

今日の香港は明日の台湾、そして明後日の日本(上)【長島昭久のリアリズム】

2020.12.14 Vol.736

 私は、国政を志して以来、我が国の外交・安全保障を担う政治家たらんとの気概で仕事に取り組んでまいりました。そのためには、第一に我が国自身の国防努力、第二に米国との同盟関係の強化、さらには価値観や利益を共有する「同志国」との連携促進に力を注いできました。第三の外交的努力の一環として、私は、国政15年の間、とくに豪州、インド、韓国、台湾との交流に努めてきました。昨今、豪州や台湾との戦略対話の重要性が高まっています。

 両国との戦略対話における最大のテーマは、中国の台頭です。その裏返しとして、オバマ・トランプ政権で顕著となった米国の相対的な退潮傾向についても真剣に話し合ってきました。後者のソリューションとしては、自力(地力)をつけることと、相互連携による米国繋ぎ止めの努力(孤立主義的な潮流が強まる米国は、域内の同盟国や友好国の協力なしに安全保障のコミットメントを持続することは困難)を重ねるしかないという結論です。日豪の安全保障協力関係は、2007年に初めて2+2(外務・防衛閣僚会議)が開催されて以来、ACSAの締結、クワッド(日米豪印)協調関係の構築、そして先日来日したモリソン首相との間で合意した日豪安全保障円滑化協定により、準同盟関係に発展しました。

 一方、台湾とは国交がないため表立った安全保障協力は困難ですが、それでも、我が国の南西諸島と約100キロで接する(両国の防空識別圏は与那国島で重なっている)台湾とは、戦略的に運命共同体の関係にあると同時に、インド太平洋地域における自由と民主主義の紐帯としての日台関係は極めて重要です。

 その自由と民主主義をめぐって、重大な事態が香港で起こっています。発端は、中国において今年6月に「香港国家安全維持法」が制定・施行されたことです。この法律は、1997年に香港がイギリスから返還される前に英中連合声明によって国際公約された「一国二制度」の下で返還後50年間は香港に「高度な自治」を認めるとの合意を一方的に破棄するものでした。さらに、香港基本法にも反するものです。

 これは、中国台頭における「ゲーム・チェンジャー」ともいうべき暴挙にほかなりません。国際社会から一斉に中国に対する非難の声が上がったことはもちろん、17か国からなる先進民主主義国の議会人たちが「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」を結成し、香港の人権と民主主義を守るために立ち上がったのです。その動きに呼応して、私たち国会議員有志は同僚議員たちに呼びかけ、「対中政策に関する国会議員連連盟(JPAC)」を設立し、7月29日に国会内で設立総会を開催しました。(次回は、JPACの目的や活動について報告します。)

(衆議院議員 長島昭久)

李登輝先生の思い出(下)【長島昭久のリアリズム】

2020.11.09 Vol.735

「大事を成すに、直進は迂回に如かず」

(大きな目標を立てた時、私は真っすぐそこに進むことはありません。必ず遠回りをすることにしています。)

 これは、政治家・李登輝のリアリズムを如実に表した至言であると、今も胸に刻んでいます。たしかに、先生は、1971年に突然蒋経国総統から副総統に抜擢されて以来、外省人が仕切っていた国民党中枢にあって、圧倒的なマイノリティである本省人として激烈な権力闘争をくぐり抜け、忍耐強く四半世紀の時を費やし96年の総統選を勝ち抜くことにより、「台湾人の台湾人による台湾人のための台湾」をついに実現したのです。過去40年間立法院を牛耳ってきた万年議員を大量引退に追い込んだ手法については、先生の名著『最高指導者の条件』に詳しいですが、党、政府、軍の中枢を粘り強く掌握しつつ、外省人パワーを一つ一つ骨抜きにして、96年の民選総統選の実施にまで漕ぎつけた緻密な知略と周到な政略には、驚嘆を禁じえません。まさしく、「大事を成すに迂回を厭わぬ」李登輝先生の面目躍如たるものがあります。

 さて、遺された私たちの双肩には、100年に一度といわれる世界史的な課題が圧し掛かっています。一つは、新型コロナ・パンデミック。今一つは、自由で開かれた戦後の国際秩序を脅かす中国の挑戦です。幸い、前者については、台湾が素晴らしいお手本を示してくれましたし、我が国を含むアジア諸国では概ね爆発的な感染拡大や医療崩壊を防ぐことができています。より深刻なのは、中国の対外強硬路線です。南シナ海ではすでに広大な人工島が築かれ着々と軍事要塞化が進められています。東シナ海の尖閣諸島周辺では連日中国の準軍事組織「海警」の船舶が我が国の実効支配にチャレンジしています。すべては、台湾併呑への布石と見られています。南シナ海の島々に中国軍の軍用機や軍艦が配備され、尖閣が中国のコントロール下に陥れば、台湾も沖縄を含む南西諸島も風前の灯火となるでしょう。

 すなわち、李登輝先生が繰り返し仰っておられたように、日本と台湾は紛れもなく「運命共同体」なのです。力によって一方的な現状変更を試みる中国の圧力を撥ね返すには、李登輝先生が示された不屈の精神と綿密周到な有志国の連携が必要です。そして、何よりも、日本と台湾との間に「正式な国交未満」のあらゆる関係―FTAからインテリジェンス・シェアリング、さらには先端技術の共同研究開発など―を深化、拡大させていくことが、両国の安全保障にとり最も重要であると考えます。7年前、ご自宅で李登輝先生から託されたこと、それは、日本にも(1979年の米華断交の際に)米国議会が制定したような「日本版・台湾関係法」を制定することに他なりません。李登輝先生ご逝去にあたり、私は、正式な国交回復に代わる実質的な日台関係の深化を急がねばならないと、誓いを新たにいたしました。

 李登輝先生、東アジアの平和と安定と繁栄のため、先生が示された不屈の精神を引き継いで困難に立ち向かう私たちを、どうぞ天国から見守ってください。
合掌
(衆議院議員 長島昭久)

李登輝先生の思い出(上))【長島昭久のリアリズム】

2020.10.12 Vol.734

 令和2年8月9日午後、台湾総統府に隣接する台北賓館において、李登輝先生に最後のお別れを申し上げて参りました。超党派議員300人超からなる日華議員懇談会の副会長として、この弔問団に参画できたこと感慨ひとしおです。

 満面の笑みを湛えた李登輝先生のご遺影と向き合った時、私は、深い悲しみに暮れるとともに、新型コロナウィルスとの闘いにおいて目覚ましい成果を挙げた祖国台湾の姿に世界が瞠目した歴史的瞬間を見届けて、先生が天に召されたことを悟り胸がいっぱいになりました。

 私が李登輝先生と「出会った」のは米国留学中の1996年。その年は、台湾の歴史にとりまさしく画期をなす年となりました。それは、李登輝先生が生涯を懸けた「台湾民主化」のハイライトとなる史上初の民選総統選挙を実現した年であり、同時に台湾人が台湾語を公に堂々と語れるようになった最初の選挙でもあり、そこから「台湾アイデンティティ」が一気に高まっていくことになったのです。さらに、その年は、台湾が大陸中国を向こうに回してその圧倒的な軍事圧力を見事に撥ね返した年でもありました。世にいう「台湾海峡危機」です。当時ワシントンに留学中だった私は、この時の李登輝総統閣下の傑出したリーダーシップに感銘を受けたのです。その後、司馬遼太郎の『街道をゆく―台湾紀行』で先生の人となりを深く知り、いよいよ哲人政治家・李登輝への関心を膨らませていきました。

 その憧れの李登輝先生に初めて直にお目にかかる幸運に恵まれたのは、2004年、国政初当選から1年もたたない夏の日の午後でした。若手議員有志で編成した訪台団の一員として、台北市淡水にある李登輝先生のオフィスを訪れたのです。夢のような時間でしたが、最初から最後まで私たち日本の若い政治家を叱咤激励すること頻りでした。以来、最後にお目にかかった2016年9月までの間に計6回、先生と親しくお話しする機会を得ました。とくに、2013年10月にはご自宅を訪い、直接その謦咳(けいがい)に触れることができたのは、政治家として、否ひとりの人間として望外の幸せでした。3時間半にわたる直接指導は、文字通り魂を揺さぶるものでした。そこでの話で最も印象に残ったのが次の言葉です。

「大事を成すに、直進は迂回に如かず」
(大きな目標を立てた時、私は真っすぐそこに進むことはありません。必ず遠回りをすることにしています。) (下に続く)

(衆議院議員 長島昭久)

イージス・アショア配備計画「撤回」の意義(下)【長島昭久のリアリズム】

2020.09.14 Vol.733

「河野決断」第三の意義は、今回のイージス・アショア(以下AA)撤回が日米同盟のさらなる進化につながる契機になり得るということです。

 たしかに、日本政府による突然のAA配備計画撤回はワシントンに大きな波紋を広げ、シンクタンク関係者の間で懸念の声が上がったことは事実です。ただし、米政府の反応は終始冷静です。たとえば、国防総省でアジア太平洋地域の政策を統括するヘルビー次官補代行は「日本政府は、より費用対効果の高い代替案を決めるために、計画を技術的に見直していると理解している」と述べています。また、米ミサイル防衛庁長官のヒル海軍中将も「日本政府に別の選択肢も近く生まれると見ている。・・・一部に懸念もあるが日本と協力しつつ実現をめざす」と今後の日米協力の可能性を前向きに語っています。

 米側の冷静な対応の理由の第一は、米国も、我が国と同様、北朝鮮(や中国、ロシア)が突きつける「新たなミサイル脅威」に対応すべく、目下、既存のミサイル防衛システムの大幅な見直しに着手しているからだと思います。現に、米国はハワイに配備予定だったAAと同種のレーダーの配備をキャンセルしました。では、今後の日米協力はどのようになるのでしょうか。
 私は、今回の「河野決断」を契機に、日米連携がより深化し、総合的な抑止力が強化されると見ます。すなわち、日米の対空アセット(探知、追尾、迎撃機能)をネットワーク化して、「一人が見れば、みんなで追えて、誰でも撃てる」(Engage on Remote)体制を整えることにより、防衛可能範囲を飛躍的に拡大させ、相手国のあらゆるミサイル攻撃に対処することを可能にするでしょう。

 加えて、我が国による「自衛反撃能力」の保有です。ただし、これは、国内向けの説明同様、米国との協議を慎重に進めなければなりません。なぜなら、これまでの日米の役割分担は、「盾と矛」と呼ばれ、日本は「盾」(防御)の役割に徹し、「矛」(打撃力)は米国に依存する、というものでした。これが米国による「拡大抑止」体制の核心です。つまり、我が国が限定的とはいえ独自の打撃力を保有するということは、米国の拡大抑止に対する信頼性が揺らいでいると受け取られかねないからです。ここの誤解を解く努力は、日米同盟の根幹に関わる重要な課題となります。

 ここで、私は、中曽根総理がレーガン米大統領との「ロン・ヤス」の信頼関係を構築し、日本が駐留経費負担の増額で同盟強化の役割を果たしてきた(つまり、カネで解決を図る)従来の姿勢を改め、西太平洋における1000海里シーレーン防衛という軍事的な役割を担うことにより日米同盟を「質的転換」した事を想起します。この故事に倣い、今回は、安倍総理とトランプ大統領の信頼関係に基づき、日米が、盾も矛もバランスよく分担することにより、総合的な抑止力を高め、同盟関係をさらに成熟進化させていくことを提案したいと思います。 

(衆議院議員 長島昭久)

(注:肩書等は7月9日執筆時点でのものになります)

イージス・アショア配備計画「撤回」の意義(中)【長島昭久のリアリズム】

2020.08.10 Vol.732

 前回の最後で、「河野決断」の第二の意義は、抑止力をより確実なものとするための「反撃力」保有の議論を喚起したことにあると述べ、それは我が国戦後の安全保障戦略を根本的に転換する可能性があると指摘しました。ならば、その効用と正当性につき、国内的にも対外的にも説得力ある説明が必要です。

 最大の効用は、抑止力の強化です。抑止には、①報復により耐え難い損害を与えることで相手に攻撃を思いとどまらせる「懲罰的抑止」と、②相手の攻撃的行動を物理的に阻止する能力によって攻撃そのものを無力化する「拒否的抑止」があるとされます。また、②の拒否的抑止は、弓矢にたとえると、②a.射手をターゲットとする「積極的な手段」と、②b.飛んでくる矢を払いのける「受動的な手段」とに分けられます。我が国のミサイル防衛はもっぱら②b.に徹し、それ以外の①や②a.は米国による拡大抑止に委ねてきました。

 ワシントンやニューヨークに届くICBM開発に成功しつつある北朝鮮のミサイル脅威の動向次第では、米国が本土防衛で手一杯になり、日本を射程に収める数百発のノドンやスカッドERなど中距離ミサイル排除を後回しにせざるを得ない状況も視野に入れておく必要があります。その場合、北の飽和攻撃や奇襲攻撃に対し、受動的な②b.能力だけで十分であると果たして言い切れるでしょうか。

 ただし、①の懲罰的抑止は相手国の大都市や人口密集地への大量報復攻撃(通常は核兵器を使用)を行うもので、我が国が取り得る現実的な手段とは到底言えません。また、②a.についても、移動式発射機(TEL)から放たれる北のミサイルを適時に探知、追尾し、肉薄して精密攻撃を行う能力を保有するには膨大なコストを要することから、これも現実的な選択肢とは言えません。

 我が国が新たに保有を検討すべき抑止力は、弓矢のたとえでいうと、「射手を支援」する関連施設―たとえば、滑走路や指揮通信施設、戦闘機等の格納庫や弾薬庫、燃料タンク等―を確実に無力化しうる能力だと考えます。これが、俗にいう「敵基地攻撃能力」です。もちろん、我が国が先制攻撃を行うことはありませんから、相手の攻撃の着手を感知した時点でこの能力を発動するとすれば、これはまさしく「自衛反撃能力」(佐藤正久参議院議員)というべきものです。

 このような自衛反撃能力の保有であれば、「誘導弾などによる攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾などの基地を叩くことは、法理的には自衛の範囲に含まれ[る]」とした昭和31年の鳩山内閣答弁とも合致し、かつ、その反撃対象が相手国の軍事施設に限定されることからも、「性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる」と定義され、憲法上保有が許されないとされてきた「攻撃的兵器」にも当たらないものと考えます。(「下」に続く) 
(衆議院議員 長島昭久)

イージス・アショア配備計画「撤回」の意義(上)【長島昭久のリアリズム】

2020.07.13 Vol.731

 去る6月15日、河野太郎防衛大臣がイージス・アショア(以下AA)配備計画の停止を発表し、官民を問わず安全保障に関わる人々の間に衝撃が走りました。計画の停止は、その後、河野大臣から国家安全保障会議に報告され、「事実上の中止」となりました。今回と次回の二回に分けて、その意義について考察します。

 まず、河野防衛大臣が発表したAA断念の理由「迎撃ミサイルのブースターの落下位置を制御するのに莫大なコストがかかる云々」は、決定的なものでないはずです。(核弾頭を搭載しているかもしれない)ミサイルの確実な迎撃とブースターの落下地点の制御とを天秤にかけるが如き議論はあまりにもバランスを失しているといわねばなりません。

 それでは、「河野決断」の真の理由は何なのでしょうか。私は、少なくとも3点あり、いずれも我が国の安全保障にとって意義ある決断だったことを示すものと考えます。第一に、配備計画中のAAが現実の脅威に対応し得るものでなかったこと。それは、たしかに配備計画を策定した2016-17年の北朝鮮のミサイル脅威に対応し得る「弾道ミサイル防衛(BMD)」能力を備えていました。しかし、その後、北朝鮮は新たなミサイルを発射し、その驚異的な技術力を世界に誇示しました。それが、2019-20年に発射された変則軌道のミサイルで、もはや放物線を描く(したがって、飛翔コースを推計して迎撃ミサイルを衝突させ得る)従来型の弾道ミサイルとは似て非なるものでした。弾道ミサイルのみならず巡航ミサイルやこのような変則軌道のミサイルに対処するには、BMDではなく凡ゆる経空脅威に対応し得る「統合防空ミサイル防衛(IAMD)システム」を導入せねばなりません。北朝鮮のみならず、将来的には中国やロシアによる、より高度なミサイル脅威に対応し得る体制を整備せねばならないことを考えると、今回の方針転換はむしろ歓迎すべきことといえます。

 第二は、我が国の安全保障の根幹にかかわる問題です。今回の「河野決断」をきっかけに、「抑止力とは何か」という本質論に注目が集まっています。これまでのような防御に徹する姿勢だけで本当に国民の命や平和な暮らしを守り抜けるのか、という本質的な問いです。普通の国は、攻撃と防御を組み合わせて抑止力を構築しています。しかし、日本では憲法(解釈)に由来する「専守防衛」という特異な考え方に基づき、打撃力の保有を自制してきました。しかし、相手国のミサイル脅威の質が劇的に向上して、探知も追尾も迎撃も困難になってきた今、防御に加えて「反撃力」も使って相手国の攻撃を抑止する必要があるのではないか、という至極まっとうな議論が起こりつつあります。これは、紛れもなく戦後の安全保障戦略を根本から転換するものといえます。(次回に続く)

 (衆議院議員 長島昭久)

中国全人代における香港への「国家安全法」導入の採択を糾す【長島昭久のリアリズム】

2020.06.08 Vol.730

 5月28日、国際社会で深刻な憂慮の表明が相次ぐ中、中国全人代(全国人民代表大会)は、香港への「国家安全法」の導入を図る議案を圧倒的多数で採決しました。22日に開幕した全人代の議題に同法が上がっていたことで、世界に衝撃が走り、各国政府や議会人たちが一斉に批判の声を上げました。そこで、私は、できれば我が国でも国会決議をすべきであると考え、自民党内で根回しを始めました。

 しかし、国会決議を提案するには党内の煩雑な手続きと与野党間の調整などに時間がかかってしまい、全人代の閉幕までに到底間に合わないと判断。旧知の山田宏参議院議員、野党では香港の人権問題に熱心に取り組んできた山尾志桜里代議士に相談を持ちかけ、英国で始まった世界の議会人による共同声明への署名を党派を超えた同僚議員に働きかけることにしました。

 そこで、私が起案したのが下記の一文(概要)です。自民党内の有志および野党側は山尾代議士を呼びかけ人として、衆参全議員に配布したところ、わずか2日間で106名の賛同者(5/31時点)を得ました(未だ増え続けています)。これは各国の議会人の署名では、現時点で英国議員に次ぎ第二位の数字ですが、9月の法執行を阻止するべく、継続的に拡大を目指し、中国政府に働きかけるつもりです。

中国による香港版「国家安全法案」の導入をめぐる動きに深い憂慮を表明する世界の国会議員と連帯する署名への呼びかけ

 5月22日より開催されているに開幕した中国中華人民共和国(中国)の全国人民代表大会において、香港における国家安全法を導入する議案が審議・可決される見通しとなりました。制度案の審議が始まっています。

 私たちは、この法制度案議案が可決された場合、香港返還時に約束された「一国二制度」による高度の自治と民主体制、自由で開かれた国際経済都市・香港を支えてきた法治システムが、香港市民の関与のないまま、一方的に破壊されるのではないかと、香港市民の基本的人権を過度に制約する制度が、香港の憲法にあたる香港基本法に書き込まれる事態を深く憂慮します。

 そして、この動きにより、外交防衛以外の分野において香港の高度な自治を保障した「一国二制度」が毀損され、自由で開かれた国際都市香港の安定的繁栄を決定的に損なうことにもなりかねません。

 2019年、突如提案された「逃亡犯防止条例」とこれに対し、これに反対するデモ隊及び市民への権利、自由、基本的人権を無視した香港当局による過剰苛烈な鎮圧行動は記憶に新しいところですが、さらに国家安全法が導入されることになれば、この文脈での上記法案の審議は、香港の自治に対する中国政府の介入及び香港市民の自律と人権への敵対的姿勢がより一層エスカレートすることになるのではないかと強く危惧します。

 (略)すでに英国をはじめとする25か国231人以上の国会議員が、この国家安全法案をめぐる動きは1984年の「中英連合声明」に対する目に余る明白な違反であり、断じて容認できないと非難、深い憂慮を表明する共同声明に署名しています。

 そこで、私たちも、基本的人権の尊重と法の支配という人類普遍の価値を共有する先進民主主義国家・日本の国会議員として、世界各国の議会人と連帯価値を確信している国家として、幅広い国際社会からの意思表示に加わり、普遍的な価値へ明確なコミットメントコミットを表明するべく、上記共同声明への賛同署名をお呼び掛けさせて頂くものです。
(略)  

       
(衆議院議員 長島昭久)

※5月11日号が6月8日号と合併となったため【コロナ禍で迎えた「こどもの日」に考える】はWEB( https://www.tokyoheadline.com/496449/ )でご覧下さい。

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