歴史上、たしかに10代8方の女性天皇(女帝)がおられます。しかし、歴史的経緯を子細に見てみれば、これらはあくまで例外の「中継ぎ」であることがわかります。しかも、すべて男系であり、即位後に婿も取られず、子も産んでおられません。すなわち、皇位は、男系継承が古来例外なく維持されてきたのであって、女系に道を開くようなことは厳格かつ慎重に避けられてきました。これが揺るぎない皇統の大原則なのです。
なぜ女系が許されないのか。それは至極簡単な理屈です。女系というのは父が皇統に属さない天皇のことで、これを認めれば別の王朝(易姓革命)となってしまうからです。我が国は建国以来、世界で唯一の単一王朝(万世一系)であって、まさにそのことが“ありがたい”のです。つまり、皇位は血統こそが正統性の源ですから、神話の世界も含めて二千年の時を遡って神武天皇に繋がっていることの“ありがたみ”というものが、天皇の権威の大本になっているのだと私は思います。
しかし、この大原則が、ただ“ありがたい”ものだと受け身で、何らの努力もなく自然に任せて貫かれてきたわけではありません。皇位継承の歴史を紐解けば、過去に7度、男系断絶(すなわち、皇統断絶)の危機があったといいます。そのつど、先人たちが苦心惨憺し危機を乗り越えてきました。直系の皇子がおられない場合は、傍系を何代にもわたり遡ってでも男系男子を見つけ出し、皇位を引き継いできたのです。200年も遡り、越前にいらっしゃった(男系の)王を探し出して皇位に就いていただいたのが継体天皇ですが、これなどがまさにその典型例です。こうした苦労に苦心を重ねながら、今日に至るまで、万世一系という血統原理を貫いてきたのが、我が国の天皇の歴史です。
しかし、「守れればいいけれど、男子がお生まれでないのだから、女帝でも女系でも仕方がないではないか」というのが、女性宮家論や、女系天皇容認論です。
果たして、本当に「仕方がない」のでしょうか。
じつは、皇位継承資格をお持ちの男系男子は現にいらっしゃるのです。正確には、74年前までいらっしゃいました。それは、戦後、GHQの命令によって皇籍を離脱せざるを得なかった、「伏見宮」系の11家51人の方々です。
確かに、今の皇室から見て600年前に分かれた伏見宮系の方々では血縁が遠すぎるのではないか、皇籍離脱してもう70年余も一般人として生活しているのだから国民の理解は得られないのではないか、などという声はあります。
しかし、敢えて私が申し上げたいのは、600年も遡れるお血筋が存在することこそが“ありがたい”のではないか、ということなのです。それが、男系の血統を受け継ぎ、しかも74年前まで皇位継承の資格を持っていた旧宮家の方々なのです。(つづく)
(衆議院議員 長島昭久)