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【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第46回 日本の高校が輩出するグローバルリーダー

2017.07.10 Vol.694

 まもなく日本の学校は夏休みに入りますが、4月からのスタートなので「一休み」という感じでしょう。一方、海外の学校は9月スタートで、6月には卒業式というのも珍しくありません。

 実は日本でもつい先月、卒業式を迎えた学校がありました。マスコミでもしばしば取り上げられているので、ご存知かもしれませんが、高校生を対象にした全寮制のインターナショナルスクール「ISAK」(インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢)で、初めての卒業式を行い、52人の一期生を送り出しました。代表理事の小林りんさんが、開講準備している段階から私もアドバイザーとして応援してきましたので、軽井沢のキャンパスに喜んで伺いました。

 ISAKでは、日本の学習指導要領だけでなく、国際バカロレアを採用したプログラムを学び、語学力、国際的視野、リーダーシップとダイバーシティに対する感覚を養います。一期生は、米国のアイビーリーグにも加盟している名門大学や、英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクスなど海外の大学に進む人、日本では、東大や阪大、早稲田、慶応などに合格しているようです。

 進学実績もさることながら、なんといってもISAKでしか得られない「学び」、それも一期生ならではのものがあったようです。小林さんもフェイスブックで「たくましくなった」と振り返っておられましたが、卒業生の代表が「関係者の皆さんと同じように、生徒たちも皆それぞれにリスクをとってこの新設校に飛び込んできました。この学校を、一緒に創り上げて来られたことを誇りに思う」とスピーチしていたのに、目を細めました。まだ10代で、ゼロから学校を作ってきた経験は一生の財産になるでしょう。

 学校は建物や教室などのハードさえ整っていればいいというわけではありません。もちろんICTなど最先端のスペックを備えるに越したことはありませんが、幕末維新の偉人たちを輩出した、かの吉田松陰の松下村塾がわずか三畳半の小さな部屋だったことを考えてみても、やはり、学校はそこに集う教師と学生が、どのような学びの文化を醸成し、コミュニティーを形成していくのかが重要なのです。その意味で、一期生が今後どのような飛躍をし、また、ISAKという学び舎もどのように成長していくのか、非常に楽しみです。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第45回 新幹線無料化なら究極の地方創生が実現!?

2017.06.12 Vol.692

 慶応SFCが、自治体とコラボレーションし、地方創生の研究・実践に励む大学院生などの人材を、各地に送り出す「地域おこし研究員」の取り組みが本格化しています。総務省の「地域おこし協力隊」制度(例・年間の報償費と活動費がそれぞれ200万円、最長3年間)や、自治体独自の制度等を活用することで、受け入れ先の自治体で研究員を任用してもらい、各地の街おこしを実践。大学側は、対面での指導だけでなく、現地とインターネットでつなぐことで遠隔で研究指導や学習を支援していきます。

 私の教え子たちは各地に続々と飛び込み、「スポーツまちづくり」「地域商社」「高校魅力化」など、先進的な企画をどんどん展開しています。SFCと鹿児島県長島町はこの2月に連携協力を締結しており、10人程度の研究員が任用される見通しです。
 長島町は私も昨夏、講演に行ってまいりましたが、東京から鹿児島まで飛行機を使い、そこから車に乗り継いで6時間程度かかります。たしかに遠いです。しかし、インターネットがこの距離を埋めることで現地に入った研究員は、首都圏にいる仲間に、中途経過や成果をリアルタイムにフィードバックし、逆に遠方の仲間たちからアイデアの提供を含めてコミュニケーションできます。

 現地の皆さんも、最新のビジネスノウハウを持った若い世代と一緒に触れ合うことで元気になる。公私に渡って関係性が密になり、特産品や観光などの新しい売り方といったかたちで地域のポテンシャルが引き出されていくことでしょう。

 ネットの普及により、遠隔でも、最新の知識や知恵、あるいは業務的なやりとりを日常的に行えます。最近流行りのシェアリングエコノミー的な観点でいえば、知識・知恵のシェアは当たり前になってきましたが、次は「人材のシェア」を都会と地方、あるいは地方都市同士で行う時代になるのではと予測します。たとえば新幹線がつながっている地域の大学で、専門家が少ない分野の教員を共有すれば、経営の効率化はもちろん、各地の学生の学びを深められます。

 ただ、その障壁で大きいのが移動コスト。最近はLCC(格安航空会社)が増えていますが、たとえば、自治体が「投資」として一定の条件をつけて招致したい人材に向けて「新幹線無料化」を行ったら、週の半分は東京で、もう半分は地方というライフ&ワークスタイルの人材が増えるのではないでしょうか。

 もちろん財政的な制約はあります。それでも夜行バスの無料化であれば、新幹線ほどコストはかかりませんし、検討に値するでしょう。真の地方創生へ、人のモビリティーがもっと着目されてもいいと思います。  
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第43回 新入生は「常識を疑え」

2017.04.10 Vol.688

 東京の桜が全国でもっとも早く開花したのは、2008年以来のことだそうです。本稿執筆時点で満開になりましたが、今年の新年度は冬場を思い起こさせる寒さの中で迎えました。私が教員として所属する大学のうち、慶應義塾大学のほうは4月3日に入学式を終えておりますが、東京大学は15日に挙行します。本稿掲載号が配られる数日後になりますが、その頃には春らしい陽気に包まれているといいですね。

 新入生に最初に一言、アドバイスすることがあるとすれば、「疑う」ことを身につけてほしいことです。おそらく、新入生のほとんどの皆さんは、受験勉強に没頭するうちに、教科書や先生に教わった通りに知識を習得することに慣れきっていたと思います。もちろん、正確に公式や定理、歴史的事実をきちんと押さえることは学問の基礎なので重要ですが、受験勉強であればマークシートのように一つだった「正解」も、大学での学問は、いろいろな考え方があります。

 皆さんは、社会に出れば、正解のない難問を次々に解いていかねばなりません。いまの30代や40代の人たち以上に、皆さんは、どんな分野に進んでも、社会の急速な変容に直面し、それまでの常識が覆されることの連続になるでしょう。だからこそ、「常識を疑う」トレーニングを、この4年間、みっちり積んでいっていただきたいのです。

 毎年学生たちには「書を読み、友と語らう」ことを心がけてほしいと言っています。特に後者のコミュニケーションの価値は、大学に通う意味においてますます高まっています。いまや、知識の習得だけであれば、MOOCs(大規模オンライン授業)のようにネットだけでもできてしまう時代です。

 それでも、なぜ大学に通うのかといえば、リアルに仲間と語らうことが重要な意義の一つだからではないでしょうか。教科書に書いてあることが正しいのか、それとも違う考え方があるのか、恩師や学生たちと議論することによって、視野が広がり、思考が深まります。どんどん、その積み重ねをしていただきたいと思います。

 政治の世界から大学の教壇に本格復帰して、今年で4年目になりますが、90年代後半に教えていた頃に比べ、LINE等のSNSが普及した割に、リアルなコミュニケーションが苦手な学生が増えたことを実感します。最近の学生は、電話をかけることすら億劫なのですが、学内外でさまざまな人脈を増やし、対話の経験値を積んでほしいものです。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

平尾誠二さんの遺志実現へ 思い新たに【鈴木寛の「2020年への篤行録」第42回】

2017.03.13 Vol.686

 日本ラグビー界のスーパースターだった平尾誠二さんが亡くなられてから、早いもので5ヶ月が経ちます。2月10日に神戸で、平尾さんに「感謝する集い」が開かれ、私も伺いました。

 献花の前ごろから、目頭が熱くなり、涙がとまりませんでした。何人もの方々が平尾さんを偲ぶお言葉のなかで「英雄」という言葉が出てきましたが、平尾さんは、私の一学年上でしたので、まさに、私たちの世代の英雄でした。弔辞で、岡田武史さんが、「平尾さんの『スポーツを通じて社会を変えたい』という思いに触発され、その後の人生が変わった。そして、今につながり、FC今治のオーナーをやっている」とおっしゃっていましたが、私も、平尾さんのその思いに心揺さぶられた一人です。

 まだ政治家になる前、慶應義塾SFC助教授だった1999年頃。当時の神戸は阪神大震災が起きてから数年という時期で、ハード、インフラの復興はなんとか軌道に乗った段階でしたが、平尾さんと私は、スポーツの力で地域コミュニティに活力を吹き込み、復興を後押ししたいという思いを共に抱いていました。そして、日本初の本格的な総合型地域スポーツクラブSCIX(スポーツ・コミュニティ&インテリジェンス機構)を創設し、無名の私をパートナーとして信頼してくださり、副理事長に選んでくださいました。SCIXをモデルに今では、1000を超える、総合型地域スポーツクラブが全国に誕生し、学校スポーツではなく、市民が支えるスポーツクラブの文化が根付きました。

 その日の会場で、展示されていた平尾さんの遺品のなかに、大切にされていた四枚の名刺の一つにSCIX理事長の名刺を拝見して、また、SCIXのTシャツを着て一緒にラグビーをした写真やご一緒に作ったSCIXの憲章をみて、こんなにもSCIXのことを大切に考えておられたのかと思うと、涙が止まりませんでした。

 私が政界に転身してからも本当に助けていただきました。最初の選挙でなかなか決まらなかった後援会長をご紹介いただいたばかりか、私が文部科学副大臣在任中のオリンピック・パラリンピック招致では、孤立無援のなか国立競技場の霞ヶ丘での建て替えを決断できたのも、平尾さんから授かった、さまざまな人脈や知見があったからです。改めて、平尾さんとのご縁のおかげで、私のライフワークのいくつかが始まり、強化されたことを再認識しました。

 今、我々にできるのは、平尾さんの思いをしっかりと引き継ぎ、実現させること。平尾さんにぜひとも見届けていただきたかった2019年ラグビーワールドカップ日本開催を成功させ、後世にそのソフトレガシーを残すことです。そして、スポーツを通じた社会改革を実現すること、そのための次世代人材を育成することだと思っています。平尾さん、本当にありがとうございました。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」第41回 AI時代の人生戦略

2017.02.13 Vol.684

 AI(人工知能)の進化で、人間の仕事が奪われる未来の問題がますます注目を集めています。AIが2045年には人間の知能を超える特異点「シンギュラリティー」を迎えるという話の認知度が急速に上がっているように感じます。現在小学生の私の息子はその頃、30代後半。今年生まれた赤ちゃんは28歳。教育に携わる者としては、いまの子どもたちが、AI時代も食べていけるようにするには、どうすべきか危機感を覚えながら、日々の仕事に取り組んでいます。

 そうした中、成毛眞さんの新刊「AI時代の人生戦略」(SB新書)が先月発売されました。書き出しから「『私は文系人間だから、理数系の話は苦手』などと言ってられない時代が、とうとうやってきた」と指摘します。日本マイクロソフト社長などを歴任された成毛さんだけに、サイエンスやテクノロジーに対して無頓着なままでは、これからの時代に生きていくことがいかに大変であるのか見通しておられるのです。

 成毛さんは、STEM教育の重要性を提唱します。STEMとは、科学(サイエンス)の「S」、テクノロジー(技術)の「T」、エンジニアリング(工学)の「E」、マセマティックス(数学)の「M」を並べた造語です。さらに、テクノロジーの進化と密接な関わりのあるアート(芸術)の「A」も含めた「STEAM」という考え方も紹介しています。

 AI時代に、AIを「使う側」になるのは一つの生存戦略ですが、「三角関数も二次方程式もわからない人が、AIやロボットを『使う側』に回れるとは思えない」という成毛さんの指摘は、まったくその通りです。OECDが世界各国の15歳に課す学力到達度調査(PISA)で、日本の子どもたちの科学的リテラシーは欧米よりは高めですが、油断はなりません。本でも指摘されるように、私立大学の文系の入試では、理数科目が免除されておりますし、文系と理系の垣根がなくなっていく時代の人材育成として非常に問題があります。

 実は、この本では、私が成毛さんと対談した章が収録されています。私のパートでは、科学的リテラシーを引き上げていく取り組みとして、高校の科学部の人口を野球・サッカーと同程度に引き上げていくことや、大学入試改革の必要性など、STEM教育の意義を成毛さんと語り尽くしました。

 また、堀江貴文さんも成毛さんと対談し、最新ビジネス動向についての対談を通じて、イノベーターがAI時代を見据えながらいま何を考えているのか、非常に興味深い内容になっております。ぜひご一読ください。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第39回 トランプ現象はただのポピュリズムではない

2016.12.12 Vol.680

 早いもので今年の本コラムもこれが最後になりました。年の瀬にかけて、激動の2016年を象徴するようなニュースが相次いでいます。言わずもがなのアメリカの大統領選。数々の暴言もいとわなかったドナルド・トランプ氏が勝利し、6月に行われたイギリスの国民投票でEU離脱を決めたのに続いて、全世界に衝撃を与えました。

 ヨーロッパでも余波が続きます。本稿締め切り間際の12月4日、オーストリアの大統領選で、移民締め出しなどを訴えていた極右政党の候補者が敗れたものの、得票率が半数近くと、あと一歩まで勝利に迫りました。同日に行われたイタリアの憲法改正を問いかけた国民投票で、反対票が賛成票を上回り、改憲によって議会制度を改めようとしたレンツィ首相の退陣が決まりました。反対派を後押ししたのが、ユーロ離脱などの反グローバル政策を掲げる新興政党の「五つ星運動」でした。

 欧米で既存の政党を批判する勢力が躍進している背景として、ポピュリズムの激化を指摘する見方があります。ポピュリズムとは日本語で「大衆迎合主義」、つまり有権者の人気取りを最優先にした政策を掲げる政治手法で、たとえば厳しい財政状況を無視して税金を下げるような公約をします。日本では実感がありませんが、移民の流入が深刻な問題になっている欧米諸国では、治安の悪化や雇用が奪われることへの懸念から、移民の受け入れに消極的または反対する自国民も多く、「メキシコとの国境に壁を築く」と宣言したトランプ氏のように“現実離れ”した公約を掲げる候補者もいます。

 ここで私が感じるのは、世界各地で取りざたされる「トランプ現象」を、ポピュリズムと切り捨て、あるいは冷ややかに見ているだけでは、正確に事実を直視していないのではないか、ということです。米大統領選でクリントン氏勝利を確信していた日米のメディア、あるいは有識者と呼ばれるエリートの人たちが、なぜ予測を外したのか。あるいは、結果が出た後に「隠れトランプ支持者がいた」などと分析していますが、早くからトランプ氏の勝利を予測していた数少ない専門家の発信内容を確認すると、共和党の予備選挙参加者がうなぎのぼりに増えるなど党勢拡大の基調だったことが見落とされていた実態があるようです。

 私はアメリカの選挙の専門家ではありませんが、トランプ氏とその支持者たちをよく思わない既存のエリート層が数々の「不都合な真実」に目をつぶっていたのではないかという気がしてなりません。「トランプ現象」は俗説を疑って考えてみることの重要さと、本質に迫る洞察力と分析力を身につける必要をあらためて教えてくれたのではないでしょうか。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」第35回 ネットが存在感を見せた都知事選

2016.08.08 Vol.672

 都知事選は、小池百合子さんが291万票を集める圧勝を収め、初の女性都知事に就任しました。今回の都知事選もテレビが盛り上がる「劇場型」の様相となりましたが、これまでと違うのはインターネットで広がった論調が、投票行動に一定の影響を与えた可能性が強く感じられる点です。

 3年前の参院選でインターネットを使った選挙活動が解禁された当初は、匿名の書き込みによる誹謗中傷が目立ち、ネット選挙の負の側面がクローズアップされました。ただ、リアルの投票行動に顕著に影響したかどうか微妙な面もありました。

 ところが、今回の選挙戦、地方の首長を経験した有力候補者の出馬が伝えられると、陣営がセールスポイントに掲げた実務能力が本当なのか、有名ブロガーが大手ポータルサイトのニュースブログで検証記事を書いたり、著名な元政治家がネットメディアのインタビューに対し、都政の裏事情について“爆弾”発言をしたりして、その内容がものすごい勢いでネット上に拡散しました。

 この3年間の変化で特に大きかった点として、まず有力ネットメディアの台頭が挙げられます。アメリカでは2000年代にハフィントンポストが米大統領選に影響を与えたと言われますが、日本でも近年、そのハフィントンポストが朝日新聞との合弁で日本に進出したほか、前述の大手ポータルサイトで有識者や有名ブロガーの個人ニュースブログが発足。ほかにも新しいプレイヤーが登場し、新聞・出版から若手の優秀な人材が移籍する動きも出ています。

 そしてスマートフォンの普及も大きな変化です。良質なコンテンツを作る媒体が育つと、今度はそれを拡散する環境が整いました。スマートフォンのニュース・キュレーションアプリサービスの利用者が激増し、新聞、テレビ、出版等の伝統メディアが配信する報道記事と一緒に、エッジの効いた有力なネットメディアの記事も多くの人が見るようになります。新聞、テレビは選挙戦中、政治的公平性を過剰に慮る余り、特定候補者のネガティブ報道は抑制的になります。そんな既存メディアに物足りなくなった若い世代が、ネットメディアの記事を読み、投票判断の材料にするようになったのでしょう。

 興味深いのは、新聞、テレビからの選挙報道を主に接していた親世代までもが、若い世代からネットメディアが抉り出した情報に口コミで伝わる動きが見られたことです。新しい情報の流れ方が生まれつつあるように感じます。ただし、若い世代は、接触した情報を精査する能力も高めねばなりません。欧米よりもメディアリテラシー教育で立ち後れる日本で重い宿題を残しました。 (東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」第34回 18歳のための都知事選「テレビ選挙」講座

2016.07.11 Vol.670

 本稿の締め切りは、参議院選挙の投開票日(7月10日)の前になりますが、テレビや新聞の報道は、参院選よりも東京都知事選(7月31日)の方が盛り上がりそうな雰囲気です。

 都知事選は、この四半世紀、「テレビ選挙」と言われています。80年代までは、ほかの地方の知事選と比べて、メディアの取り上げ方に大きな差がなかったのですが、90年代から、テレビを意識した候補者のパフォーマンス合戦が激しくなり、タレント出身で無所属の候補者が政見放送とポスターを貼るだけの選挙活動で政党推薦の候補者を破って当選したこともありました。この間、特定の支持政党を持たない人たちの増加に対し、各政党とも、首都特有の選挙の難しさに頭を悩ませています。

 テレビ、特に民放各局の選挙報道が過熱すると、どのようなことが起きるでしょうか。ニュース以外の情報番組でも、主婦やお年寄り向けに、噛み砕いて取り上げるのはよいことですが、番組の作り手が「分かりやすさ」を追求する余り、どうしても誰と誰が出るかばかりに焦点を当てた報道が中心になります。

 今回の選挙戦は、任期途中で辞任した舛添前知事がやり残した政策的な課題は一体何だったのか、そこをしっかり検証するのが筋ですが、あれだけ連日、辞任に至るまで報道していた割に、辞めた後のことは置き去りにされがちです。

 選挙が「劇場化」してしまうと、候補者の方も本気で勝ちに来ている陣営もあれば、都政とは関係のない、自らの主義主張をしたいだけの陣営、新しい方法論を試すことに注力する陣営など、次の都政に向けた本来の政策論争からやや逸脱した選挙模様になりかねません。今度の都知事は、オリンピック・パラリンピックの開催準備という歴史的使命はもちろんのこと、かつてない超高齢化対策、一向に解消されない待機児童問題など、難題が山積みです。

 前回のコラムでは、参院選を迎える18、19歳の有権者のみなさんに向け、「各政党・候補者がどのような公約を掲げているのか、他党の公約や専門家の指摘と擦り合わせて一つ一つ吟味をする」と書きました。テレビの選挙報道は、あくまで一つの判断材料として、自分の頭で考え、友や師と議論すべきなのは、都知事選も同じです。

 参院選で初めて投票した都内の18、19歳の有権者の皆さんにとっては、良い意味でも悪い意味でも、テレビが選挙をどのように取り上げ、どれだけの影響を投票行動に与えるのか、そして視聴者である皆さんが、そうした選挙報道にどう向き合うか、格好の実践の場が来たと言っていいでしょう。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第33回「18歳選挙権」にわかブームにするな

2016.06.13 Vol.668

 衆参同日のダブル選挙は、熊本地震の影響もあって見送りになったものの、6月1日の国会閉会後、各政党は参院選に向け「選挙モード」に入っています。朝日新聞の世論調査では、参院選の投票先を選ぶ際にもっとも重視する政策を尋ねたのに対し、「医療・年金などの社会保障」が最多の53%。続いて「景気・雇用対策」(45%)、「子育て支援」(33%)と生活に密着した内容が相変わらず多く挙げられました。

 今回の参院選、なんといっても注目は「18歳選挙権」初適用です。諸外国では選挙権年齢が10代に引き下げられており、日本もやっとこの潮流に乗ることになりました。何よりも我が国は「シルバー民主主義」と言われるように、少子高齢化で多数派のシニア世代の意見が通りやすいのが実状です。若い世代の政治参画のすそ野を広げていくためにも、この「18歳選挙権」導入が実現することを心から歓迎したいと思います。

 一方で、参院選に向けた「18歳選挙権」を巡る報道を見ていると、各党の若者向けアピール合戦といった目先の現象にとらわれ、本質的な意義が正確かつ深く理解されないのではないかという危惧を抱いています。3年前の参院選をご記憶でしょうか。インターネットを使った選挙活動、いわゆる「ネット選挙」が解禁されたのがこの選挙戦でしたが、マスコミが大々的に報じた割に若い世代の投票率が劇的に改善することもなく、期待されたネット上の政策論議もあまり見られず、むしろ中傷やデマ、ネガティブキャンペーンが横行する等、「から騒ぎ」に終わった感があります。今では政治や選挙のネット利用の意義が忘れ去られています。

「18歳選挙権」は「ネット選挙」の轍を踏んではなりません。すなわち、にわかブームにしてはならないのです。

 政治や社会を変えるのは、とても時間がかかります。かのマックス・ウェーバーが「政治という仕事は、情熱と判断力の両方を使いながら堅い板に力をこめて、ゆっくり穴を開けていくような仕事です」と述べたように、本来の政治は、地味で地道なことの積み重ね。さらに「子育て支援を充実するなら他の財源を削る」といった様々な矛盾や葛藤、トレードオフがあるのです。

 そうした現実を直視し、仲間たちと熟議する。待機児童問題に悩む子育て世代などの当事者たちに話を聞くと理解が深まります。もちろん、皆さんが当事者世代である奨学金問題や社会保障の世代間格差について、各政党・候補者がどのような公約を掲げているのか、他党の公約や専門家の指摘と擦り合わせて一つ一つ吟味をする―。初めての一票を投じるまで、その重みをぜひ感じてください。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第31回 AIの進化を見据えて自分を磨く時代

2016.04.11 Vol.664

 驚くニュースが飛び込んできました。グーグル傘下のベンチャーが開発した囲碁のAI(人工知能)、その名も「アルファ碁(AlphaGo)」が、世界最高峰の呼び声のある韓国の棋士と5局対戦し、4局で勝利しました。

 すでにチェスは90年代後半、将棋は数年前にトッププロを破っていますが、碁は、チェスや将棋と比べて形勢判断が複雑とされ、「囲碁はあと10年程度はかかる」という予測もありました。AIが人間の知性を上回るシンギュラリティー(技術的特異点)が2045年頃に訪れるという話もありますが、チェス、将棋、囲碁の世界においてはシンギュラリティーの一足早い“到来”です。

 前回、大学入試で記述式を大幅に増やす改革を論じましたが、その狙いの一つはシンギュラリティー時代への対応。工業化社会の名残で「教科書や先生に教わったことを間違いなくできるようになる」という人材育成では、もはや通用しません。コンピューターに置き換わる仕事がどんどん増えて行くでしょう。だからこそ、情報化社会の時代では、自分で物事を考えて、生産性を高めていかないとならず、考え、書く力を養う契機を作るのが入試改革なのです。

 今年大学に入学した皆さんは、シンギュラリティーが起きるメドとされる2045年は50歳前後。まだまだ現役バリバリのビジネスパーソンです。そこまで待たなくても、囲碁や自動運転のように、シンギュラリティーが訪れるのがもっと早い分野もあることでしょう。つまり、皆さんは、未来を見据えた上で、人間でなければできないことは何かを常に考えながら、学問をし、師や友と語らい、自己研鑽をしていかないとならない時代に生きているのです。

 人間でなければできないこととは何か? 私がひとつ思うのは、価値判断能力です。卒のない仕事を進めていくオペレーションの部分は機械に取って代わられていくにせよ、政治家が「福祉予算を高齢者向けから子育てに回す」、経営者が「今はこの事業で採算見通しがなくても将来必ず芽が出るから投資をする」などといった意思決定は、人間の領域です。過去にはない発想、イノベーションはまさにそこから生まれます。自分の価値判断能力を高めるにはどうすればいいか、その視点を常に持ち続けていきましょう。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第30回 「大学生読書ゼロ時代」の入試改革

2016.03.14 Vol.662

 本稿の締め切り直後、東京大学の入試前期日程の合格発表を迎えました。後期日程の入試は今回から廃止されましたが、新たに始まった推薦入試の合格者と合わせ、約3,000人の新入生が決まります。皆様、おめでとうございます。

 そんな大学入試シーズンど真ん中の時期に、気になるニュースが流れていました。全国大学生活協同組合連合会が毎年行っている生活実態調査において、1日の読書時間が「ゼロ」と回答した大学生の数が過去最高となる45%を超えたというのです。

 本を読まない大学生は以前から一定数存在します。同調査では30%台で推移していました。しかし2013年調査で初めて40%台に達し、今回一気に5%も増加したのです。一方、スマートフォンの利用時間は平均155分といいますから、メディア環境の影響は大きいのではないでしょうか。少なくとも一定割合の学生が、本を読まずにスマホに流れていることは容易に想像できます。

 彼らは子供時代からもともと「本嫌い」だったのでしょうか。そんなことは決してありません。文部科学省や様々な民間機関の調査では、小・中学生の時点では本を読んでおり、その成果を裏付けたのがOECD(経済協力開発機構)のPISA調査。日本の15歳は、2012年に加盟国34カ国中、読解力リテラシーは1位でした(総合1位)。ところが高校生になると、本を読まない学生が半数近くに増えてきます。

 本を読まなければ、当然、文章を書く力は身につきません。ベネッセが2013年に大学に行ったアンケートで「文章を書く基本的なスキルが身についていない学生がいるか」を尋ねたところ、「半分以上」と答えた大学が37.2%、「3割くらい」と答えた大学39.8%に上ったそうです。書く力は大学で論文の提出で必要ですし、社会に出てもビジネス用の文書作成が要求されます。

 読書力は文章力と表裏一体なわけですが、私が大学入試改革で、マークシート偏重を改め、記述式をもっと増やしていこうと取り組んでいるのは、「文章力を入試で問うようになれば、生徒も学校も予備校も本気で文章力を身につけようと意識が変わる。本に向き合う気持ちも自ずとわく」と考えるからです。

 ところが、不思議なことに一部の新聞メディアは、大学入試改革で記述式を導入することに「改革ありきの迷走は止めよ」だとか「見切り発車が混乱を招く」などと、ずいぶん批判的です。もう10年余りも教育行政や学校現場では、学力(この場合は文章力や読解力)向上に試行錯誤しているのに、本を読まない大学生が半数近くいる現実を変えることこそ待ったなしではないでしょうか。

 NHK放送文化研究所が先日発表した調査で、平日に新聞を読んでいる20代男性は8%、女性は3%などと若年層の新聞離れが顕著に示されました。若者たちの読書力・文章力を底上げすることは、新聞社の皆さんと“利害”が一致するはずですが……。(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

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