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緻密な伏線、鮮やかな切れ味、驚きと余韻の残る結末。『道具箱はささやく』【著者】長岡弘樹

2018.07.27 Vol.708

『傍聞き』で第61回日本推理作家協会賞短編部門を受賞、13年刊行の、警察学校を舞台にした『教場』がベストセラーとなった長岡弘樹の最新刊。同書は原稿用紙20枚前後のごく短い作品を15編収録。短編の名手と言われるだけあり、すべての作品が前振りから結末まできっちりと伏線を回収しつつ、鮮やかに展開。エッジの効いた作品が並ぶ。

 張り込みをしていた2人の刑事は、油断したすきに犯人を取り逃してしまう。ホテルの宴会場に逃げ込んだ犯人は、招待客に紛れてしまい…(「声探偵」)。犯人をあぶり出すため、1人の刑事はある作戦を決行する。唐突にも感じる行動だが、最後の最後で、その理由が明らかに。それまでのストーリーに、さまざまなヒントが隠されているのだが、その一連の流れが見事過ぎて、不意を突かれてしまう。何度か読み返すと伏線が複数張られていた事が分かり2度、3度と驚かされる。

「仮面の視線」は、インドの建設現場に赴任している日本人が誤ってタクシー強盗を殺してしまった事から起こる悲劇を描いた作品。過剰防衛で有罪になる事を恐れた彼は逃げる事を選択。だが、その様子を見ていたものが。目撃者が自分の運転手だと知った時、彼はある決意をするのだが…。選択肢を誤った結果訪れる悲惨な結末。最後の1行に背筋が寒くなるとともに人間の愚かさ、そして歯車が狂った人生のやるせなさに胸が痛くなる一編。

『道具箱はささやく』
【著者】長岡弘樹【定価】本体1500円(税別)【発行】祥伝社

【インタビュー】古谷経衡 初の長編小説と新書を同時刊行 

2018.06.29 Vol.web Original

 インターネットとネット保守、若者論、社会、政治、サブカルチャーなど幅広いテーマで執筆評論活動を行っている古谷経衡。最近ではテレビやラジオのコメンテーターとしても活躍中だ。そんな古谷氏が6月、新書と小説を2冊同時に刊行。『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『ネット右翼の終わり』『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったか』など、これまでの話題となった著書とはまた違ったアプローチとなった同書について話を聞いた。

マキタスポーツ&スージー鈴木の脚注ぎっしりの音楽本が話題! 「ハズキルーペでかなり読める」!?

2018.06.22 Vol.707

 マキタスポーツとスージー鈴木が出演する音楽番組『ザ・カセットテープ・ミュージック』(BSトゥエルビ、毎週金曜深夜2時~2時30分)を書籍化した『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』が発売された。

 本の内容は「A面に入れたいサザンの名曲」「松田聖子の80年代名曲特集」「語られていないチェッカーズを語る」「画期的!ユーミンのコード&メロディー」と、番組に忠実だ。

「資料的な価値が高い」とマキタ。コード進行はもちろん、沢田研二だとか「ザ・ベストテン」、82年組といった言葉の説明で脚注がぎっしりと埋まっている。スージーがエクセルで自作した「メロディー図解」もあり、さながら教科書か参考書だ。

「東京ー大阪間で読み切れるような本のほうが売れるでしょ、たぶん絶対そうなんですよ。それを考えると脚注とかを載せるのはあまり喜ばれないかもしれないけど、(スージー鈴木は)一歩踏み込んだことを言ってるし書いてきている人だし、載せておいたほうがいい、と」

 第一線で活躍するアーティストが生み出したコードやメロディーの展開に注目して語る。書籍の行間や真っ黒な脚注から、J-POPが引き継いだDNAも感じられ…。

「20代、30代の人にも読んでほしい」と、スージー鈴木。「僕らが中学生高校生だった80年代は、60年代の音楽を本で知りました。でも今はそういうガイドブックやガイダンスが無さ過ぎる。『昭和歌謡』と乱暴に括って、懐かしいものは全部素晴らしいみたいな話になっている。それをはっきりと選別したいんです」

 番組は40~50代が楽しく見られるものを目指してスタートしたといい、6月2日に渋谷で行われたイベントの客席も年齢層が高めだった。「ハズキルーペを使えばかなり読める」というマキタの呼びかけに客席は大笑いだった。

「料理研究家がうちでやっているラクして楽しむ台所術」林幸子【TOKYO HEADLINEの本棚】

2018.06.20 Vol.707

 大人気料理研究家グー先生こと、林幸子氏の「料理研究家がうちでやっているラクして楽しむ台所術」が好評発売中。たまに作るのはいいけど、毎日料理をするのは大変。働く主婦にとっては、献立を考えるのすら苦痛だと感じる人もいるとか。そんな時のお助け技が、同書には詰まっている。著者の林先生は、30年以上活躍するカリスマ料理研究家。そんな先生が日ごろからやっている時短テクを惜しげもなく披露。最小の手間で最大限においしさを引き出す実用的な方法を教えてくれる。手抜きではなく、ちょっとした工夫で「ラクして楽しく」が同書の基本。無理せず、無駄なく、そして効率よく。道具選びから、出汁のとり方、献立づくり、料理のアレンジ術、残りものをおいしくする工夫、片づけ術まで、先生が実践している「台所しごと」のコツが満載。ひとり暮らしの人、新米ママさん、ベテラン主婦、そして料理男子も必読の書。

「不機嫌は罪である 」齋藤孝【TOKYO HEADLINEの本棚】

2018.06.20 Vol.707

 コミュニケーションに関する著書も多い齋藤孝の最新刊。現代の日本社会において、“不機嫌”な態度をする人が増えている。職場で、電車で、レストランで、そして家庭で。不機嫌をあらわにすることは、自分の気持ちをダウンさせるだけではなく、周りの人をも不愉快にし、状況はますます悪化していくばかり。現代は、不機嫌な態度により人を服従させ自分の思い通りにさせようとする人ばかりか、ただ単に不機嫌を巻き散らしている人も多い。著者はその原因のひとつに、SNSを上げる。ネット社会となった今、人は他者の不機嫌に傷つきやすくなる一方で、24時間攻撃性を発揮できるようになった。既読スルー、未読スルーに敏感に反応し、日常のささいなイラつきを手軽に発信する。

 また芸能人の不倫報道など、自分には関係ない事にでも匿名性をいい事に、怒りの矛先を向けるのだ。それらの事が、仕事や人間関係に大きな損害をもたらす。そう考えると、いつも上機嫌でいる事は、自分自身にとっても、社会のためにも大切だ。不機嫌をコントロールし、その気分を自分の中から排除する。さらに、意識的に自分自身を上機嫌にすることで、人生が豊かになるのだと。同書には簡単に気分を変える呼吸法や、著者おススメの映画や書籍の紹介など、不機嫌を解消するためのすぐに実践できる方法も書かれている。上機嫌に生きたいと願う人の指南書として手元に置いておきたい。

鮮烈なラストを目撃せよ『虹を待つ彼女』【著者】逸木裕

2017.07.09 Vol.694

 2020年、人工知能を用いたアプリの開発に携わる研究者・工藤はある種の倦怠感を常に抱えていた。優秀さゆえに、すべてのことが見通せてしまえること、それが自分自身の未来の事であっても。周りのレベルに合わせ、雰囲気を壊さないで、円滑に人間関係を築くこと。それすらも、意識的に悪目立ちしないための、退屈な彼の日常だった。

 ある日、社内で人工知能を使い、死者をよみがえらせるというサービスを開始することになり、工藤はその担当となる。とりあえず、プロトタイプを作成することになり、その試作品のモデルとなったのが、さかのぼること6年前に自らが作成したプログラムとドローンを連携し、街を混乱に陥れたあげく、自らを標的にして自殺した水科晴だった。晴はオンラインゲームのクリエイターであり、その美しい容姿とミステリアスな生涯から、カルト的な人気を誇り、死後6年経っても熱狂的なファンを持っていた。

 試作品を作るため、晴のことを調べ始めた工藤は、残されたわずかな手がかりから、その真実の姿にたどり着こうと調査を開始。彼女について徐々に分かっていくうちに、会ったこともない、声を聞いたこともない彼女にどんどんひかれていく自分に気づく。やがて彼女には“雨”と呼ばれる恋人がいたことを知るが、そんな矢先に何者かから、調査を打ち切らないと殺すと脅迫されるようになる。晴の自殺の謎は。また工藤はそんな晴を手に入れることができるのか。

 ミステリーという形式ではあるが、ラストで解明される真実が美しくも哀しい究極の恋愛小説だ。

獄中から溶け出す女の欲望が、すべてを絡め捕っていく『BUTTER』【著者】柚木麻子

2017.06.28 Vol.693

 ケーキやクッキーの甘い香りがただよってきそうなタイトルだが、だまされてはいけない。同書は、あの首都圏連続不審死事件の容疑者であり、死刑が確定となった木嶋佳苗をモデルにした、フィクションである。もっとも木嶋本人は「木嶋佳苗の拘置所日記」というブログで、自分がモデルであると言われていることに大憤慨しているが。とにかく現在の木嶋と同じく、結婚詐欺と殺人の罪で刑務所にいる“カジマナ”こと梶井真奈子が物語の中心だ。世間がこの事件に注目したのは、事件そのものというより、梶井が若くも美しくもないのに、次々と男性が彼女の虜になっていったということ。そして何より、彼女がそれを当然とばかりに、自信満々に自己肯定をしている様子が、不思議だったからだ。週刊誌の女性記者・里佳は、その理由が知りたくて、手記の執筆を頼むため面会を取り付けた。一筋縄ではいかない“食えない女”だが、その欲望と快楽に貪欲で、人の心を掌握することにたけた彼女の言動に里佳は次第に翻弄されていく。カジマナに取り込まれそうになる里佳は、必死に自分の理性を保とうとするが…。木嶋佳苗がモデルと知って、あの事件のことをなぞった本かと思いきや、まったく違って意表をつかれるだろう。カジマナの口から飛び出すバターを使った料理の数々。濃厚で粘りつくようなその描写は、人間の欲望そのものだ。

 人は何故、欲するのか。そして欲する事は罪なのか。登場する人物たちが抱える欲望と、それをあざ笑い操る殺人鬼の対決を、よだれが出そうな料理の描写で表現。里佳はカジマナの呪縛から逃れることができるのか!?

親しい人を思う感情にこそ、犯罪の“盲点”はある。『血縁』【著者】長岡弘樹

2017.06.17 Vol.692

 タイトルにある通り“血縁”をキーワードにした7つの短編によるミステリー。連作ではなく、それぞれがまったく独立した短編で構成されている。「誰かに思われることで起きてしまう犯罪。誰かを思うことで救える罪」と帯にあるように、近しい間柄であるがゆえに、心の中に芽生えた憎悪が、お互いの人生をも狂わすような悲劇を生み出してしまう様を描く。

また、反対に相手を思う気持ちが、思いがけず救いになるという展開も。表題の『血縁』という作品は、ミステリーというより、ゾクゾクする読中感は、どちらかというとホラー。仲の悪い姉妹の幼い頃から、大人になりある事件が起きるまでの描写は、救いようがなく非常に不快な気分にさせられる。こんな姉妹が果たしているのか?!

 ちょっと想像ができないが、きっといるのだろうと思わせるリアリティーがあるところも怖い。最後にほんの少しホッとさせられるが、切なすぎるストーリーは、読んでいて若干つらく感じる読者もいるのでは。『苦いカクテル』は、同じ姉妹ものでも仲のいい姉妹の話。父親の介護疲れで心も体も疲弊していた姉が長らく別々に暮らしていた妹に助けを求め、一緒に介護をしてもらうことに。2人で分担し、負担は減ったはずだが…。姉妹の絆、親娘の絆が、それぞれの運命を同じ方向に導いていく。切ないが、姉妹のその後に、救いがありそうな一編だ。全体的にオチが“イヤミス”風な作品ではあるが、最後の『黄色い風船』は、どこかほっこりとさせられるラストになっている。まったく違う作風の7つの物語だが“血縁”という自分ではどうする事もできないものに翻弄されるという軸があることで、違和感なく1冊の本として読み通す事ができる。

【定価】本体1500円(税別)【発行】集英社

みんなとは違うけど読み進むほど心が軽くなる!『宝くじで1億円当たった人の末路』【著者】鈴木信行

2017.05.23 Vol.691

 衝撃的なタイトルだが同書は、宝くじで1億円が当たった人の末路をリポートした本ではない。人生で選択した後、待ち受けるであろう末路について、専門家の人に予想してもらうというものだ。例えば第1章の「やらかした人の末路」には、「宝くじで1億円当たった人の末路」「事故物件を借りちゃった人の末路」「キラキラネームの人の末路」をそれぞれの専門家が実際の事例を上げ、持論を展開。最後に著者がまとめとして、結論と解説をするという流れ。他にも「子供を作らなかった人の末路」「賃貸派の末路」「自分探しを続けた人(バックパッカー)の末路」「電車で“中ほど”まで進まない人の末路」「体が硬い人の末路」「禁煙にしない店の末路」「ワイシャツの下に何を着るか悩む人の末路」など、身に覚えのあるものから、健康や社会問題までテーマは多岐にわたる。専門家はそれぞれの分野で活躍している、まさにスペシャリストなので、言っていることは分からなくもないが…と思うこともあるが、ひとつの意見として聞くと、なるほどと思わされたり、そういう考えもあるのか…と感心させられたり。

 真剣に、その末路を心配するというより、読み物としてカジュアルに読むと、楽しいかもしれない。著者は「その末路を知っておくことは、思わぬ幸運(不運)が舞い込んだ際の心構えになると思います。いろいろな“末路”を知れば、きっとあなたの心は解き放たれます。『好きなように生きていい』。専門家と著者が導き出す多様な“末路”が、そんなふうに、そっとあなたの背中を押すはずです」と言う。なーんだ、好きなように生きていいんかい!と突っ込むのは野暮というもの。「ふむふむ、こういう人には、こんな末路が待ち受けている(のかも知れない)のねー」と気楽に読むのがオススメ。

発酵をめぐる冒険へいざ!『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』

2017.05.23 Vol.691

 大豆に麹菌がつくと美味しい味噌に、ブドウにイーストがつくとワインに、牛乳に乳酸菌がつくとヨーグルトに…。私たちの身近に昔からある発酵食品は、健康維持に役立つといわれ、常に注目されてきた。そもそも発酵とは、微生物が人間に役立つ働きをしてくれること。その微生物の力を使いこなすことで、人類は各地でさまざまな文化や社会を作ってきた。同書は、そんな発酵とヒトとの関わり方から微生物の生態、デザインやアート、遺伝子工学の最前線のトピックまでを、話題の発酵デザイナーの著者が文化人類学の方法論を駆使し、ミクロの視点から分析。それらを取り巻く社会のカタチを見つける旅へ誘う。単なる発酵食品の解説ではない、発酵の世界を通し自分の世界を広げてくれる実用書であり、ファンタジーあふれる本だ。

日本人、絶滅『プログラム』【著者】土田英生

2017.05.06 Vol.690

 著者は劇作家で、演出家、俳優の土田英生。劇団「MONO」代表で、99年に『その鉄塔に男たちはいるという』という作品でOMS戯曲賞大賞を受賞。2001年には『崩れた石垣、のぼる鮭たち』で芸術祭賞優秀賞を受賞した。ほかにも、多くのテレビドラマ・映画脚本の執筆を手掛けるベテランだが、同作が小説家としてのデビュー作となる。

 舞台は東京湾上に作られた人工島・日本村。そこは島全体が日本をイメージしたテーマパークになっており、純粋な日本人以外は、住んでいる人も訪れる人も全員バッジ装着の義務がある。閉じたその島には、安全・安心な夢の次世代エネルギーとして世界中が注目するMG発電の巨大な基地と本社があった。ある日、その島の上の空に赤い玉が浮かび上がり、それが徐々に空全体に広がっていった。空が赤く染まっていくに従い、二度と起きることのない永遠の眠りにつく強い眠気が島にいる人間を襲い…。

 作品全体のベースはSFで、近い未来に起こりそうな設定が不安をあおる。しかし物語は「燕のいる駅?午前4時45分 日本村四番駅」、「妄想と現実?午前9時55分 大和公園」など、短い話が時系列に連作となっており、その一つ一つは笑えたり、微笑ましかったり、バカバカしかったりする。そこには普通の人たちの日常があり、迫りくる“その日”を意識させるものはない。けれど、その人々が小さな出来事に右往左往し、人として普通の生活をしている事が逆に、赤い空が広がる描写と相反し、不気味さと不安を増していく。些細なことに喜びや悲しみ怒りを感じ1日1日を生きる。そんな普通の人の日常を脅かす“その日”は、現実世界でも案外近くに迫っているのかもしれない。人類の終末を予言しているような衝撃作だ。

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