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BOOK 早世から一年

2013.12.22 Vol.607

 不世出の役者といわれ、歌舞伎だけではなく、舞台や映画などのメディアで活躍していた中村勘三郎が逝って一年。長年親交のあった作家と、役者勘三郎と中村屋を支えてきた妻による本が出版された。『勘三郎伝説』は、父親である先代勘三郎に密着した著作がある著者だけに、歌舞伎への造詣も深く、その作品の描写とともに、役者・中村勘三郎の人生を見ることができる。また、プライベートで交わされた会話やエピソードには人間・中村勘三郎の魅力があふれ、著者が勘三郎を役者として、そして人間として深く愛していたこと、そしてそんな彼の不在に深い喪失感を抱き、いまだに受け入れられない気持ちを持っていることが痛いほど伝わってくる。『中村勘三郎 最後の131日』は、小学6年の時に「勘九郎お兄ちゃまのお嫁さんになりたい」と願った妻が、その出会いから闘病の日々を振り返る。いるだけでその場を明るくする勘三郎が実はうつ病に悩まされていたことなど、今だから明かせる真実に驚かされるとともに、本人と家族が一緒になって乗り越えてきたことに感謝の気持ちさえわき起こる。そんな家族がいて、私たちは彼の素晴らしい芸を楽しむことができていたのだと。2冊に共通することは、勘三郎がいかに愛にあふれたチャーミングな人間だったかということ。勘三郎は若くして亡くなることで、天才の名を不動のものにしたかも知れない。でも彼を知る人は思うだろう。そんなものよりも、ただもっと生きて、ワクワクするような芝居をもっともっと見せてほしかったと。歌舞伎ファンでなくても、勘三郎の人間力に胸を打たれる作品だ。

BOOK この落語家を聴け! この落語家は聴くな!! とまでは言わないけど……

2013.12.08 Vol.606

 芸歴49年の三遊亭円丈が、落語家の視点で落語と落語家を論評した本を出版。前口上として、その意味をこう記す。「一落語家から見て、落語評論家という存在はどうもウサン臭くて信用できない。というのも、野球評論家は元野球選手だが、落語評論家は元素人なんだ。これが今ひとつ、プロの落語家から見ると説得力がない—」。確かに、言っていることは分かるが、現役の落語家が、同じ高座に上がる同業者のことを、批評し採点するというのは、前代未聞だろう。論評されているのは、伝説の名人から大長老、大御所、中堅、若手、上方落語家まで53人。もちろん、そこまでの覚悟なので、ほめてばかりではなく、かなり厳しい採点をしている人もいる。しかし読んでいて不快にならないのは結局のところ、著者の中にある落語へ対する愛が見えるから。自分の中にある葛藤や弱さも吐露し、身を削って書いているのが伝わってくるのだ。各芸人のオススメの演目も紹介しているので、気になる落語家がいれば、その演目を聞いてみよう。どんなにボロクソに書いていても、楽しめる。そこには平等で真摯な視線があるから。

とろけるような舌のたび

2013.11.24 Vol.605

 イギリス人のトラベルジャーナリストであり、フードジャーナリストによる日本全国食紀行。ただの食いしん坊と謙遜するが、著者はパリの有名料理学校ル・コルドン・ブルーにおける1年間の修行とミシュラン三ツ星レストラン、ジョエル・ロブションの“ラテリエ”での経験をつづった“Sacre Cordon Bleu”がBBCとTime Outで週刊ベストセラーになったほどの食通だ。そんな彼が家族4人で北海道から沖縄まで日本全国を3カ月で周り、できるだけ多くの日本料理を食べる旅に出たのだ。東京では新宿の思い出横丁から、高級な天ぷら店、そして相撲部屋のちゃんこから会員でなければ入れない銀座の割烹(会員の服部幸應に招待された)まで、日本人でもなかなか体験できないお店に行き、北海道ではカニやラーメン、大阪ではお好み焼きなど、まさに日本を食べ尽くす。その食べっぷりと飽くなき追求心には驚かされるが、この本は食のことだけではなく、ひとつのイギリス人家族の日本紀行になっているところも楽しい。間違った認識や思い込み、ところどころに散りばめられたシニカルな表現はご愛嬌として、食べることが大好きな人は、普段何も考えずに食べている日本食というものを、改めて考えるきっかけとなるのでは。

BOOK 偽りのない友情が、男たちを突き動かす

2013.11.10 Vol.604

 デビュー作『慟哭』がベストセラーになり、一躍人気作家となった貫井徳郎が、作家デビュー20周年記念作品『北天の馬たち』を刊行。新たな代表作となるサスペンスミステリーだ。

 横浜の馬車道近くで母親とともに喫茶店「ペガサス」を営んでいる毅志。その2階に皆藤と山南という男が探偵事務所を開いた。ビルの管理と喫茶店のマスターとして狭い世界で生きる毅志にとって、2人は広い世界でいろいろな経験をしてきた自由人に見え、そんな2人にあこがれを抱くようになる。彼らに信頼されることで自分の人生を肯定したい。そんな気持ちから、探偵の仕事を手伝わせてくれるよう頼んだのだった。

 2人の仕事を手伝うようになってしばらくしてから、毅志は奇妙な仕事を頼まれた。そこから彼らに対して、言いようのない不信感と何かを隠されている寂しさが芽ばえてくる。そんな彼の思いとは裏腹に2人には、胸に秘めた思いがあった。ちりばめられた伏線が、ラストの衝撃の結末につながった時、彼らの友情と勇気と行動に胸が熱くなる。

BOOK 実現不可能な勝負を科学でシミュレーション

2013.10.26 Vol.603

 怪獣映画やSFマンガなどの現象を、現代科学で再現するとどうなるかを現実の物理法則にあてはめて検証する『空想科学読本』。今回は『空想科学読本12』と『同13』の読者ハガキで募集した「読者が気になるどっちがすごい!?」質問に答える形式でさまざまなものを対決。「ゴジラとガメラの大決戦! 怪獣王はどっちだ!?」「斬れないものはない!? ゾロと五エ門の真剣スゴ腕比べ!」「ケンシロウと範馬勇次郎、人類最強はどっちだ!?」など、誰もが一度は見てみたい最強対決が実現した。さらに、「『こち亀』中川家と『ケロロ』西澤家の富豪勝負。どっちがお金持ち?」といった素朴だが気になる疑問、「大空翼と江戸川コナン、キック力のすごさを比較する!」という、勝負は決まっているのでは?と思われるが、実は…といった質問までさまざま。さらに、改めて聞かれると答えに困ってしまう「犬と猿が戦ったら、どっちが勝つ?」など、昔から伝わることわざの検証も。最近のアニメからウルトラマンと仮面ライダーの元祖ヒーローまで、どんな年代でも楽しめる対決が満載。勝ち負けを予想して読むのも楽しい。

BOOK 誰にも聞けないから、ふたりで真面目に考えた

2013.10.12 Vol.602

「ゆるキャラ」や「マイブーム」といった流行語を生み出し、さまざまなサブカルブームの仕掛け人であるみうらじゅんと、映画監督、俳優、ミュージシャンなど多方面で活躍、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』では脚本家として、日本中を熱狂させた宮藤官九郎の対談本。その内容といえば、中2病をこじらせた文系男子のロマンチックで下世話な哲学問答集。「男と女」、「人生」、「仕事と遊び」の「わからない」を、真剣に語り合う。といってもこの2人のこと、「どうして人はキスをしたくなるんだろう」というテーマでは、それぞれのファーストキス体験から学んだ、なんともトホホな結論を導き出す。とにかく、くだらなくバカバカしい2人の脱線トークと永遠の中2男子のような悩みに、ついニヤニヤとしてしまう。同書には素朴な疑問全35テーマを収録。その中にあなたが求める答えがあるかも?!

BOOK 幼なじみじじいコンビが、下町を舞台に大暴れ!

2013.09.30 Vol.601

 東京都墨田区Y町に住むつまみ簪職人・堀源二と元銀行員・有田国政はともに73歳。二人は生まれた時からの幼なじみで、今でも仲のいい友達だ。しかし、銀行を定年退職し、妻も娘の家に行ったきり帰って来ず、毎日何をするともなく時間を潰している政は、今でも現役の職人である源のことをちょっぴりうらやましく思っている。その上、源の家にはその腕に惚れ込んで弟子入りしてきた元ヤンキーの徹平やその彼女マミが出入りしていてにぎやかだ。

 正反対の性格で、しょっちゅう喧嘩をしている二人だが、その口の悪さの中にも、お互いがお互いのことを心配し、思いあっているのが分かる。何せ政が嵐の朝にぎっくり腰になり、万事休すかと思った時に、“虫の知らせ”がして、源は船で駆けつけるぐらいなのだから。

 そんなある日、徹平が昔の悪い仲間に、付きまとわれていることに気づいた源は、政とともにチンピラを退治しに立ち上がる。じじい2人が、若いチンピラを相手に、知恵とハッタリだけで立ち向かうが…。2人合わせて146歳の最強じじいコンビが、笑わせて、ちょっとホロッとさせる物語。

BOOK 統合失調症で10年活動休止。そこから復活した芸人の記録

2013.09.16 Vol.600

「ボキャブラ天国」などで活躍し、人気絶頂だったお笑い芸人ハウス加賀谷。病気説、失踪説、引退説など、いろいろな噂が囁かれていたが、まさかこんなに苦しい闘病生活を送っていたとは…。小さいころから親の顔色をうかがい、勉強でも習い事でも親の言うままに必死でこなしてきた加賀谷少年。しかし、そんな生活にも限界がきて、小学校5年生で燃え尽きてしまった。しかし、本当の悲劇は中学校に入ってから。友達と遊ぶことがなにより好きだった彼がある日を境に、人と関わることが怖くなる。友達や周りの人が彼のことを「臭い」と言い出したから。しかし、それは幻聴で「自己臭恐怖症」という精神疾患だったのだ。結局加賀谷はそれ以降、病気を抱えながら芸人を目指し、芸人になり、成功するのだが、気がつくと普通の生活も危ういほど、深い深い海の底に沈んでいた。相方の松本キックによる聞き書きの同書は、その壮絶さゆえ読むのがつらい所も。しかし、辛抱強く待ち続けてくれる人(相方)の助けもあって、芸人として復活したその姿に、勇気づけられる人もたくさんいるはずだ。

石井光太原作×村岡ユウ作画 『葬送』で改めて震災を考える

2013.09.16 Vol.600

 被災した岩手県釜石市の遺体安置所で働いた女性の話をもとに漫画化した『葬送』(秋田書店 600円税別)が現在発売中だ。『遺体−震災、津波の果てに』で知られるノンフィクション作家・石井光太の原作で、何もかも奪い去った津波の猛威を目の当たりにしながら、懸命に生きた人々の様子が力強いタッチで描かれている。この話の主人公は、釜石市で生まれ育ち、そこで多感な青春時代も過ごした菊池貴子さん。彼女が、失恋、結婚、別れ、悲しみといった思い出のたくさん詰まった釜石に、震災当時、何を見て、何を感じたかが、1コマ1コマからリアルに伝わってくる。そして、私たちは、そうした現実を目にしたとき、何を感じ取ることができるだろう。

 石井は「空前の大災害の中において、昨日まで普通の人だった人たちが遺体安置所に集まり、自分のできることを精いっぱいして町を救おうとする姿があった」と当時を振り返る。

 そして「こうした人たちの真摯な姿勢と善意がいかにして町を救ったかということを、あの現場にいなかった人たちに伝えたいと思った」と語る。

 菊池さんが地元で歯科助手として働いているときに震災が起き、奇しくも遺体安置所が置かれたのが母校の二中だった。そこに歯形で遺体の身元を明らかにするために、歯科医の勝先生とともに急行。変わり果てた亡骸と行方を案じる家族との間で自分のすべきことをひたすら行っていく。

 作画を担当した村岡ユウは「一個人の人生でも、人の弱さと強さを両方描けば普遍的な物語として伝えられるはず。震災後1年以上たったからこそ生まれる言葉や感情も描ければと思いました」と原作者とは違う視点で話した。

 震災以後、私たちは「絆」や「がんばろう」といった言葉であの凄惨な出来事で負った心の傷をやわらげようとした。しかし、この漫画から伝わるのは、すでに絆を確かめ合い、もうこれでもかと思うほどがんばった人たちの姿。その時、「どうか忘れないでください」という彼女の言葉が心を動かす。

「生きづらい」と思っている女性は必見!?ペヤンヌマキの初エッセイ『たたかえ!ブス魂』

2013.09.02 Vol.599

 AV監督で演劇ユニット「ブス会*」の主宰を務めるペヤンヌマキが半自伝的エッセイ『たたかえ!ブス魂〜コンプレックスとかエロとか三十路とか〜』(KKベストセラーズ 1344円・税込)を書き下ろした。
 その肩書から“女性のAV監督が書いた本”というところに興味が行きがちだが、そんな単純な本でもない。内容は半自伝的とあって、著者のコンプレックスや仕事や恋愛に対する心の内が余すところなくつづられている。

「ブス」といっても、最近はブスの定義もあいまいだ。

「容姿のブスに限定した話ではないんです。ここでいうブスっていうのは=コンプレックスのこと。どこにコンプレックスを持っているかで、その人の個性が分かるじゃないですか。コンプレックスはその人の魅力だったりするから、それをなくすんではなく、強みに転化させるというのが大事だと思うんです」

 コンプレックスなら男も持ってる!!

「男の場合、仕事とか地位とかでコンプレックスを克服できる場合も多いんです。でも女はそうもいかない。仕事で克服しても、年齢を重ねていくと独身、子供がいないといったまた新たな悩みが出てくる。女の場合は地位が高くなればなるほど敬遠されるという面もあるんです」

 こう聞くと「女は生きづらいんだな」と思うが、この本ではそこをいかに乗り切るかということも描かれている。

「女性特有のコンプレックスの話なんで、まずは女性に読んでもらいたいですね」

 ちなみにペヤンヌマキはバカにされたり軽んじられる度にそのうっぷんを刻んだデスノートならぬ“ブスノート”なるものを持っている。

「30歳をすぎて、ブスノートに刻みこまれる男が増えてきました。女性蔑視や根本に“女のくせに”と思っている男は即ブスノート入りです」

 そういう意味で男にとってはこの本は、リトマス試験紙的なものになる。中身があんまり理解できなかった人はきっと、あなたの周りにいる女性のブスノートに書き込まれちゃっているかもしれないので要注意だ。

BOOK あの日、僕は連続殺人犯に出会った

2013.09.02 Vol.599

 第59回江戸川乱歩賞受賞作品。14年前、ある地方都市で連続殺人事件が起こり、犯人はある少年を事故で殺してしまったことから、あっけなく逮捕される。逮捕された犯人は、その猟奇的な手口には似つかわしくない美貌と謎めいた語り口で熱狂的な信奉者を得るが、ついに死刑が執行される。しかし彼の死をきっかけに、その手口を模倣した連続殺人鬼が出現する。14年の時を超え、新たな殺人鬼と対峙することになったのが、最後の犠牲者となった少年の双子の弟・南條仁。仁は養子に出され、離れ離れに暮らしていた兄が殺されたあと、兄の代わりに同じ家の養子となり、ジレンマを抱え生きていた。見た目はそっくりだけど、兄じゃない自分。兄の代わりにはなれず、養母に愛されない自分。そんな闇の原因となった殺人鬼の模倣犯が現れたことで、兄の事件と改めて向き合うことになった彼に待ち受けていた衝撃の真実とは。

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