4年ぶりの日本映画出演で見せつけた"超えた者"のド迫力!
『スマグラー おまえの未来を運べ』
秘密の運送屋で働くことになった青年が見た究極の世界を、豪華キャストで描く石井克人監督の最新作で鮮烈な存在感を見せつけた安藤政信を直撃!
撮影・蔦野裕
「すごいインパクトなのに"答え"を押し付けない作品なんですよ。しかも個性的な登場人物ばかりなのに誰も食い合ってない。石井監督の才能ですよね」
個性的な登場人物...その最たる存在が、安藤演じる伝説の殺し屋"背骨"だ。サエない主人公を演じる妻夫木聡とは『69 sixty nine』以来の仲だが、撮影中はあえて距離を置いたとか。
「久しぶりに会っていきなりシャットアウトするなんて、役作りは成功しても人としてずいぶんな態度ですよね(笑)。でも"背骨"に徹するには、それすら犠牲にしないといけなかった」
観客がまず衝撃を受けるのは、美しくも過激な"背骨"のアクションシーンだ。なかでもテイ龍進演じる"内臓"とのバトルは激しい肉弾戦。サポーターも無く裸という常識破りのアクションで、安藤は実際にあばら骨を折っている。
「正直、本当にしんどかった(笑)。骨が折れると呼吸もうまくできないし寝返りも打てないんですよ。裸なので当然、背中も傷だらけ。でも最初から全力でやるしかないと思っていたので、ケガしたことも隠して全部受けとめました。互いに全力の熱いシーンだからこそ見てくれる人も心が動くわけでしょ。龍進とは波長が合って、アクションでもそれを大切にしたかった。すごくストイックで繊細なヤツなので僕が骨を折ったと知ったらどこかしら気を使ってしまうと思って」
ストイックで繊細とは、まさに安藤政信という俳優に感じるイメージだが。
「その通りだと思います(笑)。実際、芝居や作品も繊細なものが好きですしね。例えば今気になるのがキム・ギドク監督やツァイ・ミンリャン監督。実際、本人もデリケートな人でしたね」
そんな安藤だからこそ強くてもろい背骨を体現できたのだ。それにしても全身に漂う迫力はただ事ではないような。
「今回、日本映画に出ていなかった4年間の穴を埋めたいという思いがあったんですよね。自分という役者の仕事を日本の映画監督やスタッフに焼き付けたかった。やっぱり『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』以降、みんなの中で僕という役者の存在が薄れていたと思う。海外映画の撮影から日本に帰って来た時でも"最近、仕事してないね"とか言われたし(笑)。実はあっちで撮影している間、日本映画の仲間とはあえて距離を置きたくて、連絡を取らずにいたんですよ」
本人は"穴"というが実際は穴どころか大きな飛躍。この間、安藤は主演の中国映画『刀見笑』、ベネチア映画出品作の台湾映画『セデック・バレ』の2本の海外映画を撮影し、今年公開。
「今思えばチェン・カイコーが僕に良い日本兵を演じさせたのは画期的なことでしたね。さまざまな民族がいる世界へ出ていくとき、バックボーンを知らないより知っているほうがいい。確かに嫌なこともあったけど、僕は複雑に感じながら役者をやるってすごい大事なことだと思うんですよ。...いや、あの複雑さは本当に、日本の中だけにいたら絶対に体験できなかったな(笑)」
日本だけじゃない、アジアで俳優をやるというのはそういうことだからと、さらりと言う。繊細どころか...。
「もちろん今後もアジア圏で仕事をしたいですけど、海外で4年やってきて一番強く思うのは、日本人としてアイデンティティーを大切にして、役者として日本映画を大切にしたいということ。日本でもっと面白い仕事をして、世界に発信していきたい。それには妻夫木みたいに幅広い作品で認められて自分がやりたい仕事ができるところまでいかないとね。お茶の間や広く多くの人に伝えられる場所にも出て行こうと思ってます。でないとただの映画好きで終わりかねないし、また"仕事してないね"って言われるし...傷つくんだよなあ、アレ(笑)」
俳優としての繊細さを持ち続けながらも、そこには "超えた者"の強さがある。
(本紙・秋吉布由子)