「販売を主な目的とせず、発見や体験を重視する小売のお店があるって知っている?」。
そんな情報を聞こうものなら、しばしの間フリーズしてしまうかもしれない。「どういうこと? だって、モノを売るのが小売店じゃん」、そう思うに違いない。
8月1日、体験型店舗「ベータ(b8ta)」の日本初店舗が、東京2店舗(新宿マルイ本館1階、有楽町電気ビル1階)にて同時オープンした。
新宿マルイ本館一階にある「b8ta Tokyo – Shinjuku Marui」
2015年、アメリカ・サンフランシスコで創業した「ベータ(b8ta)」は、オフラインへの出品を、まるでオンラインのECサイトに出品するように、気軽&安価に実現する体験型店舗として大きな話題に。現在、本国アメリカに23店舗、アラブ首長国連邦・ドバイに1店舗を構え、アジアではここ日本が初進出となる。
それにしても、「体験型店舗」とはどういうことか? 家電量販店や衣料専門店などに行けば、目で見て手で触ることができるわけで、すでに「体験」を通じて、商品を購入することは珍しいことではない。
「ベータ(b8ta)」はユーザー“に”だけではない。出品するメーカー“も”体験価値がもたらされるという意味で、画期的店舗なのだ。従来、メーカーが小売店舗を路面店、商業施設内へ出店しようものなら、人的にも経済的にも大きなコストがかかることになる。そのためECサイトに出品するといったことが、ここ数年の定石となっている。しかし、ユーザーのリアルな声が届きづらいことや、既存の高評価商品ばかりが人気を集めるため埋もれやすいこと、売上に対する手数料といった課題もある。
そこで「ベータ(b8ta)」では、店舗内店舗という形で、メーカへ1区画約60センチ×40センチの場所を提供し、簡易的なオフライン出店を実現。スペースの卓上には、実際の商品に加え、どういった商品かが分かるような動画やディテールにアクセスできるタブレットを配置、さらには「ベータ(b8ta)」スタッフが製品説明やデモを行うなどの接客も含めてサポートする。ECサイトでは実現不可のブランド体験を提供するだけでなく、最小限のコストでオフライン出店を可能にしたというわけだ。
実際の商品の横にはタブレットを配置。商品の「概要」「価格」「ギャラリー」「動画」などを見ることができる
実際に店舗を訪れると、ところ狭しと陳列されている日本初進出を含む、気鋭の商品の数々に圧倒される。東京2店舗の出品商品ラインナップは145種類以上。新宿店の売場は、売場面積約122㎡に対して約100の区画(つまり多種多様な約100商品)がズラリと並び、1000円程度の商品から数十万円もする高額商品まで取り揃えている。気になる商品の前でタブレットを操作し、動画を見れば、「おお、こんな使い方ができるのか!」なんて具合に、偶然の発見と新しい体験を享受できる。
家電製品、調理器具、日用雑貨、ファッション雑貨、コスメ、ホビー用品など、出品されるアイテムは多岐にわたる
もちろん、実際に試して気に入れば、その場で商品を購入することもできる。だが、冒頭で説明したように、「販売を主な目的としていない」という点が、「ベータ(b8ta)」からの提案でもある。先ほど、接客と書いたが、スタッフは商品購入を薦めてくるといったことはしない。タブレット上では説明しきれない詳細を教えてくれる、いわば商品体験者のリアルな声を届けてくれるサポーターだ。b8ta Japanの北川卓司カントリーマネジャーが説明する。
「我々は新しいオフライン出店の形を提示したい。「ベータ(b8ta)」は、リテールを通じて人々に“新たな発見をもたらす”ことに重きを置いています。いずれはこういった店舗が、『ベータ(b8ta)っぽいよね』、そういってもらえるところまで成長していきたい」
1カ月の出店料は30万円、期間は半年以上から契約可能。商品が売れた場合、メーカーへは100%バックするというから驚きだ。
また、店内にはユーザーの行動をデータ化するため、行動動線や立ち止まり率を可視化するAIカメラ、年齢や性別を識別するデモグラフィックカメラを設置。「ベータ(b8ta)」店舗内のスタッフが、どの商品にどれくらいの説明を行ったかといったデモンストレーション数などの定量的なビッグデータに加え、来店客からの商品に対するフィードバックなどの定性的なデータを、メーカー側に提供する。自らの商品がどれくらい興味を持たれているかを把握できる点は、「ベータ(b8ta)」ならではと言えるだろう。
単にモノを売るだけではなく、こういった“サービスとしての小売り”を「RaaS」(リテール・アズ・ア・サービス)と呼ぶ。モノを売る小売企業と、テクノロジーを持つIT企業が共同でサービスを開発することで、新たな付加価値を小売りにもたらす。無人決済小売店「AmazonGo」なども「RaaS」の一例だ。アメリカでは「RaaS」が日常になりつつあるほどだ。
東京の2店舗には、「 エクスペリエンスルーム」なる中規模の区画に仕切られた半個室のスペースがある。他の出品スペースとは異なり、ブランドが独自に壁面装飾や什器等を設置することが可能で、ブランドの世界観を体現した空間になっている。ブランドの世界観に入り混みながら商品やサービスを体験とあって人気だ。
「b8ta Tokyo – Yurakucho」内にあるGoogleの「エクスペリエンスルーム」
「ベータ(b8ta)」は、ベンチャーキャピタルとの合弁でb8ta Japanを設立。丸井グループ、三菱地所、カインズ、凸版印刷から総額約11億円の投資を得て、日本市場の開拓を目指す。
「「ベータ(b8ta)」は、アメリカでは小売りの未来を象徴するようなお店として支持を得ています。我々も小売りを営む中で、今のままでは小売りは難しくなるのではないかと思っています。今や自宅からスマホからモノを買うことができてしまう。リアル店舗の価値を考えさせられる機会が増えている。これからの小売店は、「ベータ(b8ta)」のような体験を提供できるものに変わっていかないといけない」
とは、タッグを組む(株)丸井代表取締役社長・青野真博氏のプレス会見での言葉だ。
「ベータ(b8ta)」のような、最小コストでブランド体験の提供とオフライン店舗を実現する「RaaS」が定着すれば、スタートアップ企業、日の目を浴びていない中小企業、個人開発者(契約可能な法人のみ)――それらが作り出す新しく多様な商品が、生活者の目にも手にも届きやすくなり、小売業界が活気づく可能性も高くなる。
オープンから1カ月が経つ。北川卓司カントリーマネジャーに、手応えを聞いてみた。
「コロナ禍での開店は、前途多難な船出になるのではと若干不安視しておりましたが、そんな不安はどこ吹く風。本日まで大変多くの方にご来店いただいております。嬉しい誤算はいくつもございますが、何よりも本当に多くの方から”楽しかった”とお言葉を頂戴し、新しいこの「ベータ(b8ta)」の取り組みがECサイト乱立時代における、実店舗の差別化方法の一つとしてご認識いただける日も遠くないと確信することができました。お客様をお迎えするスタッフに対する評価も総じて高評価を頂戴しておりますが、これに甘んじることなく、より良い体験、新しい出会いの創出をスタッフ一同努めて参りますので、お近くにお越しの際はぜひb8ta Tokyoにお立ち寄りいただけますと幸いです」
小売りの新しいプラットフォーム「ベータ(b8ta)」。「RaaS」を体験する意味でも、足を運んでみてほしい。
(取材と文・我妻弘崇)