小畑千代をご存じか。力道山vs木村政彦が行われた翌1955年にデビュー、その後、日本女子プロレス創世記のパイオニアとして活躍した伝説の女子プロレスラーだ。1968年11月6日、日本で初めて女子プロレスが実況中継されたが、その時の目玉は小畑の世界選手権だった。
視聴率は24.4%。これは放送した東京12チャンネル(現テレビ東京)開局始まって以来の高視聴率だった。女子プロレスのレギュラー中継がスタートすると、小畑は時代の寵児としてもてはやされる。
だが、小畑の足跡は専門誌が出版する女子プロレスの歴史本に詳細に載ることはない。なぜか。女子プロレスの歴史はのちにピューティ・ペアやクラッシュギャルズを輩出する全日本女子プロレスが主軸で、全日本女子に背を向けてファイトし続けた小畑の軌跡はいわば女子プロの裏面史だったからである。
本書はそんな小畑の足跡を克明に追い続けた労作だ。しかも、単に歴史をなぞっただけではない。戦後の女性労働の変遷を重ね合わせながらページは進んでいく。まだ社会がいまほど女性を受け入れていない時代に、小畑が実践した「野心的で、自由な人生」は普段は某新聞社の編集委員を務める筆者にとって絶対に書き残さなければならないとびっきりの女性労働史だったのだろう。
高度成長期の真っただ中だった時代の「地方巡業で見た日本」、まだ軍事政権下だった韓国やアメリカ統治下の沖縄での「知られざる興行」話など、本人しか分からない興味深いエピソードが満載だ。81歳になった現在も小畑は現役を名乗り、盟友・佐倉輝美とともに浅草で元気な余生を送っている。