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早稲田政経が入試で数学必修化のインパクト【鈴木寛の「2020年への篤行録」第60回】

2018.09.15 Vol.710

 少し前のことですが、早稲田大学が政治経済学部の入試で数学、記述式、英語スピーキングを含む4技能の必修化を発表しました。同学部の入試はこれまで外国語(英語等から選択)、国語、選択科目(日本史、世界史、数学)の計3科目で受験してきました。

 これは、まさに日本の私立大学の文系入試の典型的な仕組みです。現行の入試制度だと数学が苦手な高校生は文系科目だけで受験し、早稲田のような名門の私立大学にも合格できました。しかし、2021年度入試からは、高校1年生レベルの数学Ⅰ・Aは受験しなければいけません。受験生はもとより学校関係者、予備校関係者に大きく衝撃を持って受け止められました。

 数学必修化を主導した政経学部の須賀晃一学部長は、「数学を多用する経済学はもちろん、政治学でも統計・数理分析など数学が求められている分野が増えており、数学的なロジックに慣れ親しみ続けてほしい」と、改革の狙いを述べられています(7月22日・東洋経済オンライン)。

 私は4年前、ダイヤモンドオンラインの連載で、過去に数学を課さない早稲田の入試形態について、「マークシート型の知識偏重入試の象徴」と厳しく批判申し上げました。日本史や世界史の入試では、さながら“科挙”のように用語集のマニアックな内容を暗記していないと解けない難問・奇問もありました。実際に早稲田の総長にも苦言したこともありましたが、この度の早稲田政経の数字、論述、英語スピーキングの3点セットの改革は、両手を挙げて大賛成し、関係者に心から敬意と謝意を表したいと思います。

 学びというのは、先ごろの学習指導要領で掲げたように「知識や技能の習得」「思考力・判断力・表現力の育成」「主体性・多様性・協働性といった学びに向き合う力」の3要素が重要です。数学と論述があれば、思考力や判断力、表現力を問うことができますが、これまでの慶應を除く私立文系入試の多くが「知識の習得」を促すマークシート方式に偏重しすぎていました。

 数学、論述が必修化されれば、敬遠する受験生も当座は出てくるでしょう。しかし、何のために何を学ぶのか?よく考えてください。人工知能に最も仕事を奪われるのは、暗記人間なのです。前例のない社会の難題に向き合い、未来を描くことのできる人材を育てる上で、学際的な視点、思考力を養う重要性はますます高まります。早稲田政経の英断の意味と意義を、すべての受験生、教育関係者に深く考察していただきたいものです。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

歴史的な猛暑で問われる「改革力」【鈴木寛の「2020年への篤行録」第59回】

2018.08.15 Vol.709

 西日本を中心に記録的な豪雨で、200人を超える大勢の方々が命を落とされました。あらためてご冥福をお祈りします。

 残されたご家族の皆様、地域の皆様の生活再建も大変な状況ですが、被災地にこの記録的な猛暑が追い打ちをかけています。それらの地域では、避難所となる学校でクーラーの未整備が目立ちました。

 文科省が昨年6月に発表した調査によると、公立学校のクーラーの整備状況(普通教室)は、東京の小中学校の教室ではほぼ100%。しかし、死者がもっとも多かった広島は5割にとどかず、倉敷の大規模な冠水で注目された岡山は26%に低迷。四国で犠牲者がもっとも多かった愛媛にいたっては、わずか5.9%。四国4県のなかでも際立って最低でした(ちなみに香川は97.7%とほぼ完備)。死者数とクーラーの整備率に因果関係はありませんが、雨がやんだあとも避難所にクーラーがないために熱中症の心配が絶えませんでした。

 都市部と地方の財政格差は、今回のような事態で浮き彫りになってしまいます。年々、財政が厳しくなる中で、教育への投資が進まなかったことも背景にありますが、学校は教育機能だけでなく災害時の避難場所としての役割もあるわけですから、幼児やお年寄りのことも考えると、予算配分をしていく上でクーラーの整備はなんとか進めなければなりません。

 その際、財政の問題だけでなく、私たちの社会が内包する「固定観念」「思考停止」もまた低くはないハードルです。今回の豪雨が起きる以前のことですが、ときおり、政治家などから学校のクーラー設置について、「子どもの頃からクーラーに慣れては耐える力がなくなる」などと根性論を持ち出す意見までありました。財源がないことを覆い隠そうとする魂胆も見え隠れします。財源確保の工夫をなぜしないのか。いまの時代、ふるさと納税の活用や、民間からの寄付やクラウドファンディングといった発想もあるはずです。

 そもそも夏休みの存在理由として「暑過ぎるので学校を1か月あまり休む」という発想自体も、もう古いかもしれません。エアコンを完備することで、学校の年間スケジュール全体を見直し、夏休みを少し短くして勉強や課外活動の時間を増やし、地域の大人たちとの交流や、プロジェクト学習のような新展開も一案です。

 今年で100回記念を迎える夏の甲子園も炎天下で試合をする「伝統」に対し、疑問の声が広がりつつあります。この記録的・歴史的な猛暑は、私たちが社会を変えられるのか、発想力や創造力が問われています。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

西野監督の采配が半端ない!【鈴木寛の「2020年への篤行録」第58回】

2018.07.15 Vol.708

 サッカーW杯ロシア大会が開幕しました。このコラムの掲載号が出る頃には、大会も準決勝を迎えます。私は、サッカー協会の理事をつとめているご縁で第2戦のセネガル戦から現地入り。本田選手の劇的な同点ゴールを目の前で見届けたあと、モスクワでのフランス対デンマークの試合を視察しました。そこからボルゴグラードに移動し、日本が2大会ぶりの決勝トーナメント進出を決めたのを見届けました。歓喜から一夜明け、いま移動中に本稿を書いています。

 読者のみなさんがお読みになる頃、西野ジャパンがどのような結果になっているのか、執筆中のいまは神のみぞ知るところです。しかし、西野ジャパンが「歴史的」な成果を残したのはたしかです。

 西野采配の真骨頂は、0−1で迎えたポーランド戦の終盤でしょう。日本と勝ち点、得失点差で並ぶセネガルが、コロンビアにリードされた一報が入るや、無理に勝ちにいかず、フェアプレーポイントでの予選通過を狙うという「負けない」選択をしました。ネット上では試合後、「なぜ勝利を目指さないのか」などと非難する意見が噴出しました。そうした背景には、ルール以上の何かを求める日本人気質、正々堂々の勝負を好む潔さもありそうです。

 ちなみにロシアなどのメディアも西野采配を酷評していたようですが、サッカー大国スペインの名門紙「マルカ」は「勝者として胸を張っていい」と評価していました。

 冷静に考えれば、セネガルがコロンビアに追いつき、引き分ければ「賭け」は暗転するかもしれませんでした。それでも西野監督は、長谷部キャプテンに方針を伝え、長谷部選手は途中出場する前からグラウンドの中にいる仲間たちにコロンビア対セネガル戦の状況と、監督の方針を丁寧に伝言。見事に逃げ切りました。ここまで割り切った采配は日本サッカーの歴史で見たことがない画期的なものでした。

 西野采配を議論するとき、うわべだけを見て「勝てばなにをやってもいい」という擁護も、「勝つためならなにをやってもいいのか」という批判も、思考停止です。ただ、西野監督の決断は、冷静に目の前の現実を直視し、最適な打ち手を出すためにすべてを考え尽くし、そしてルールとレギュレーションを駆使した上でのこと。政治やビジネスで先送りばかりしているリーダーたちと真逆の姿に、大迫選手の活躍と同じく「半端ない」と感じ取った人は少なくないはずです。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授、日本サッカー協会理事)

「ファミコン世代」が作る新しい政治【鈴木寛の「2020年への篤行録」第56回】

2018.05.15 Vol.706

 今年の首都圏のゴールデンウイーク(GW)は概ね好天に恵まれました。連休前半には千葉市の幕張メッセでGW恒例のニコニコ超会議が開催され、7年目の今年の来場者数は、過去最多の昨年を更新する16万人と盛り上がりました。

“超会議”はニコニコ生放送の文化祭典としてのイメージが強いのですが、伝統的な分野からも野心的な企画が行われるのも見所です。まさに政治がその代表例で、インターネットを使った選挙活動の解禁が決まった2013年からは各政党がブースを出展するようになり、若者との新しい接点を探してきました。その年、まだ国会議員だった私も“隠し芸”の電子ピアノの演奏を披露したものです。

 今年は国政選挙がないためか、各党のブース出展は見送られました。しかし、小泉進次郎さんが夏野剛さん、落合陽一さんとのトークイベントで、「ポリテック」という新語を提唱し、注目を集めています。これは、政治とテクノロジーを掛け合わせた小泉さんの造語ですが、小泉さんは「今までの政治家の必須分野は外交・防衛、税制、社会保障、経済だったが、これに加えてテクノロジーのインパクトを理解しないといけない時代になった」「『テクノロジーで何ができるのか』という観点を政治・行政の中に確実に入れ込んでいきたい」などと語ったそうです(発言は朝日新聞より)。

 この一報を聞いて、私は隔世の感を覚えました。私自身がかつて政治家を志した大きな理由の一つが、当時の政治家たちのテクノロジーの無理解に憤りを覚えたからでした。もう20年以上前のことですが、インターネットの勃興期で世界的なイノベーション競争の時代が差し迫っているのに、永田町も霞が関も理解している人は本当に希少でした。そしてテクノロジーで政治や行政をダイナミックに変革する政策を自分の手で実現しようと思い立ったのです。

 2020年代以降、少子高齢化の脅威ばかりに目を向けられますが、人手不足をロボットやAI(人工知能)などテクノロジーで補うことで、ピンチをチャンスにすることはできるのです。ロボットを使ったほうがむしろスピーディーにできたり、コストを削減できたりすることもあるでしょう。

 小泉さんは1981年生まれ。同じように「ポリテック」の考えを志向する政治家たちの多くも70〜80年代生まれ。小学生時代をファミリーコンピュータ(ファミコン)で遊び、学生時代からインターネットに触れてきた、まさに「デジタルネイティブ」たちです。

“ファミコン世代”の政治家たちが、テクノロジーを融合した政策をどう推進するのか。非常に楽しみになってきました。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

新社会人が忙しくても読むべき本【鈴木寛の「2020年への篤行録」第55回】

2018.04.15 Vol.705

 東京都内の桜は平年より10日ほど早く開花を迎え、4 月に入ると、すっかり葉桜に変わり、 ようやく寒さも底を脱しました。新社会人の皆さんも春めいた陽気の中を連日奮闘されていることと思います。

 入社式の模様を伝えるニュースは、折々の社会情勢を反映しています。経営難や不祥事に見舞われた組織は、どうしてもその話が付いて回ります。今年は、東芝の入社式、そして決裁文書改ざん問題で厳しい追及を受けている財務省の入省式がクローズアップされていました。

 新入社員でも組織の一員。マスコミから遠慮なくマイクを向けられるのも定番の光景ですが、財務省の新人は、ある局のインタビューに「人々からの信頼を得られるように、しっかりと自分が担っている職責を果たしていきたい」と決意を語っていました。国民の厳しい視線が注がれている中での立派な受け答えに、心よりエールを贈りたいと思います。

 私も32年前、大学を卒業して当時の通商産業省に入省、社会人生活をスタートしました。学生時代、勉強はそれなりにできたと自負していても仕事は厳しいものです。当時の職場は割と体育会系気質。ミスをすれば罵倒されるのも当たり前で、最初の3カ月は辞めたくて仕方がありませんでした。ただ、プロ野球の世界でも、鳴り物入りで入ったドラフト 1 位の新人がプロの洗礼を浴びるものです。新人は仕事ができなくて当たり前であって、むしろ上司は、ルーキーがどこまで持ちこたえられるか、そしてミスした後の報告や事後対応をどうするか「姿勢」をみているものです。

 社会人になると、学生時代のようには本を読むこともできません。しかし、入社から数年後を見据え、視野を広げておくためにも読書は重要です。ただ、時間も取れませんから、自分のいる「業界」の歴史を学ぶ本を重点的に読んでみるといいでしょう。私は1年目の後半から少し休みをとれるようになったので、当時担当していた石油エネルギー関連の書籍をよみあさりました。そして、なぜロックフェラー家がその名をとどろかせているのかといった歴史的経緯を知ることで日々の仕事も多様な観点で臨めるようになりました。

 自分の所属する業界に関する本を読むことで、自分の向き合っている仕事の意義や重みを少しずつ実感できるようになるものです。プロ野球選手がオフの日も体のケアや簡単なトレーニングを欠かさないのと同じで、読書は、あなたの「プロ意識」を養う貴重な時間になります。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛さんがオリンピック招致を振り返る【JAPAN MOVE UP】

2018.03.31 Vol.704

 日本を元気に」を合言葉に毎週土曜日午後9時30分からTOKYO FMで放送中の『JAPAN MOVE UP supported by TOKYO HEADLINE』。今回のゲストは鈴木寛さん (元文部科学副大臣)

若き起業家の原動力になった私の言葉【鈴木寛の「2020年への篤行録」第54回】

2018.03.15 Vol.704

 徳川家康の生誕地で知られる愛知県岡崎市。八丁味噌などの伝統的な産業から、トヨタ自動車関連まで各種産業が立地していますが、高齢化の波や、21世紀型の高度な知識集約型の産業ニーズへの対応といった課題に直面しています。

 そんな岡崎市で近年、産業支援拠点の「岡崎ビジネスサポートセンター(通称・オカビズ)」が全国的な注目を集めています。地場の中小企業や個人商店などがアドバイスを受けて、培った技術やノウハウを生かすのが特徴。創業100年の老舗の米穀販売店が顧客のオーダーメイドでお米をブレンドするサービスを始めたり、60年の歴史がある佃煮製造会社がおつまみ用に食べきりサイズの新商品を出して販路拡大に成功したりするなど、地元メディアでも取り上げられています。

 4年目の昨年の相談件数は当初目標の4倍となる約2500件。「行列ができる経営相談所」として、中小企業庁や全国の自治体関係者などからの視察も続いていて地方創生の代表例になりました。

 オカビズを岡崎市に提案した仕掛け人の秋元祥治君は、私の教え子です。早稲田大学在学中にインカレの“すずかんゼミ”で、いまで言うプロジェクト型学習で学びました。21歳で地元の岐阜で中小企業支援と若者をつなぐインターンシップ事業のNPO法人を設立し、現在はオカビズで活躍しています。

 いまや日本を代表する社会起業家の一人になった秋元君ですが、創業当初は資金繰りに窮するピンチにも何度か見舞われ苦労も重ねました。しかし試行錯誤して自ら事業をしてきた経験があるからこそ、オカビズに来る事業者に実践的なアドバイスができるのだと思います。

 この3月に秋元君が出した初の著作『20代に伝えたい 50のこと』(ダイヤモンド社)では、私が学生だった彼に伝えた言葉を紹介してもらいました。

「うだうだ言って何もしない人よりも、うだうだ言われてでも何かしている人のほうが、ずっと偉い」

 大学時代に帰省した際、地元の大人たちが街が衰退する理由を人のせいにばかりしていることに疑問をもったそうです。「文句だけを言うオトナにはなりたくない」と思ったことが創業のきっかけになりました。

 私自身は当たり前のこととして何気なく言ったつもりでしたが、20歳の若者の「原動力」となりました。そしていま38歳になった秋元君が、いまの20代に伝えようとしてくれています。「言葉のバトン」の重みを私自身もあらためて感じるとともに、この春に門出を迎える若者たちにも受け継がれてもらえれば、この上ない喜びです。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

教わる側も教える側も「ポスト平成」型へ 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第53回】

2018.02.19 Vol.703

 年頭のコラムで「今年からポスト平成の準備をしよう」と呼びかけました。私自身は、10代の学生たちと接する時は「彼ら彼女たちの中には22世紀まで生きる人たちもいるだろう」という思いで、できるだけ視座を遠くに見据えるようにしています。

 皆さんも重々ご承知のことですが、まずこれからの社会が直面することを大前提にします。具体的には、大量廃棄・エネルギー消費・CO2排出など環境問題の深刻化、AIをはじめとするテクノロジーの飛躍的な進化、加速化するグローバル化という大きな変化の傾向にあります。価値観が多様化・複雑化する中では、自分の頭を駆使した「知の創造・難問解決」が求められます。

 そういう時代に求められる人材とはどんなものでしょうか。私は3つの人材が求められると思います。すなわち①「想定外」や「板挟み」と向き合い乗り越えられる人材、②AIで解けない問題・課題・難題と向き合える人材、③創造的・協働的活動を創発し、やり遂げる人材―です。

 防災教育の専門家、群馬大学の片田敏孝教授によれば、災害のように想定外の事態を乗り越えられる人は、「想定やマニュアルに頼りすぎない」「どんな時でも、ミスを恐れず、ベスト・最善を尽くす」「指示を待たずに、率先者になる」そうです。災害を社会問題やビジネスに置き換えてみると、ポスト平成の人材のありようが浮かびます。

 当然ながら、昭和から平成まで日本の教育システムが得意としてきた、「先生が教えたとおりにできる」人材を育てるやり方では行き詰まります。実際の社会問題や課題に取り組むプロジェクト学習を通じ、難問解決の思考力、難問から逃げない姿勢を鍛え抜きます。あるいは、時代が変わっても変わらない、先人たちの哲学、普遍の真理を学ぶことで物事の本質を見抜く力を養うことができます。

 学ぶ側の子どもたち、若者たちの方向性は定まりつつあります。ここで盲点となっているのが、昭和・平成型の教育システムにどっぷり浸かってきた親・教師の世代が、時代の変化に対応しきれていないことです。

 以前、高校の校長クラスの先生がた向けの講演で、冒頭に述べたように「いまあなた方が教えている生徒さんの中には22世紀まで生きる人もいる」と話をしただけでハッとした表情をされます。親や教師は、自分たちの経験を物差しにしがちです。若い人の声に耳を傾け、新しいことへの興味を持ち続ける謙虚な姿勢が、教える側のポスト平成への第一歩です。

(東大・慶応大教授)

さあ「ポスト平成」の準備をしよう 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第52回】

2018.01.15 Vol.701

 あけましておめでとうございます。2018年は「戌年」。「戌」という言葉は、もともと「滅」(滅ぶ)という意味ですが、これは縁起が悪いことではなく、草木が一度枯れるけれど、そこから新しい命が芽吹いていくという意味がこめられています。いわば「リセットからのリスタート」と言えるでしょう。

 本稿を書いているのは、12月23日の天皇誕生日。今上陛下のご退位が2019年4月30日に決まり、翌5月1日から皇太子殿下が次期天皇に即位されることが、このほど決まりました。今年は、残り1年4か月となった「平成」の御代のカウントダウンというムードが一段と濃くなってくるはずです。

 昭和39年(1964年)生まれの私などは、3つ目の時代を迎えることで、余計に年をとったような気分にもなりますが(苦笑)、まもなく成人式を迎える20歳の皆さんが生まれたのは、1997年(平成9年)。その年に、4大証券会社のひとつだった山一証券が経営破綻したことがしばしば引き合いに出されますが、バブルが崩壊してまさに日本社会が塗炭の苦しみに喘いでいた時代でした。

 振り返れば、平成の御代は「リセットし損ねた」時代でした。すなわち、昭和の高度成長期時代までに確立した社会の様々なシステムが疲弊し始めていたのにもかかわらず、変化を恐れて大胆な改革に手をこまねいてしまいました。教育制度に関して言えば、マークシート方式の試験を象徴とする丸暗記重視のスタイル。これは工業化社会でマニュアルどおりに成果を出す人材育成のためのようなもの。創意工夫型の人材を生み出す基盤整備が遅れ、日本で起業率が低く、イノベーション競争に遅れている一因になっています。

 しかし、ここ数年は、各界の次世代リーダーたちが2020年のオリンピック・パラリンピック後の具体的な社会づくりを提案、実行する動きが増えてきました。小泉進次郎さんたち若手議員が少子化の歯止め策として「こども保険」を提案し、あるいは大企業を脱藩して起業や震災復興、地方創生に活躍するといった若者たちの活躍をみていると、次代への危機感が広がっていると感じます。

 私自身も負けないように2030年の日本を担う人づくりへ邁進したいと思います。グローバルで多様な価値観を受容し、学んだ知識を活用して自分の頭で創意工夫できる人材を一人でも多く輩出できるよう、「ポスト平成」を見据えた準備をしっかりと行います。今年は、皆さんと一緒に、新時代を迎える準備を本格化させたいと思います。

(東大・慶応大教授)

待機児童問題最大のパラドックスとその打開策 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第51回】

2017.12.12 Vol.701

 11月27日放送のBS日テレの討論番組「深層NEWS」に教育経済学者、中室牧子さんとご一緒に出演いたしました。テーマは「いまなぜ教育無償化か」。先の衆院選で、政権与党が教育無償化や待機児童対策を含む「2兆円パッケージ」を公約に掲げたことから、その意義や妥当性について議論しました。

「2兆円パッケージ」は11月末時点で、2兆円のうち8000億円が幼児教育と保育の無償化に充てられ、認可保育所に通う3〜5歳児は全て無償という方向性になっています。

 私が提案したかった待機児童対策は、総額2兆円ある児童手当のうち、3歳以上の中高所得者家庭の児童への給付はやめて、まず0歳から2歳までをメインターゲットにした小規模保育園の「おうち保育園」への機関補助に回すとともに、0歳から2歳までについては児童手当を月額3万円に増額することです。

 番組では、中室さんが機関補助の充実が一番必要だと指摘されており、その通りです。ただ、選挙公約としては、「無償化」をスローガンとしたほうがキャッチーだったでしょう。それでも、保育士や教員の確保が難しい都会では、親御さんに人材確保のための若干の追加負担をご理解いただく必要もあります。都道府県によって、本当に事情がバラバラです。国と自治体が、しっかり協力して、より洗練したスキームを作らねばなりません。

 一番の難問は、待機児童対策をすればするほど、待機児童が増えるというパラドックスです。受け皿づくりを進める政府の想定は約32万人ですが、民間の調査では、70〜88万人程度の試算もあります。実際、都会はなかなか新規に保育所を増やせません。そこで、このパラドックスを、緩和する解は、0歳から2歳までの児童手当を月額5万円くらいまで思いきり引き上げることと、職場の働き方改革が不可欠です。育児休暇明けも半日労働または在宅勤務を標準とするなど、職場復帰と子育ての両立を円滑にするためのきめ細かな対応と支援が必要です。

 これにより、0歳から2歳まではしっかり児童手当がもらえる、3歳からは、保育所又は幼稚園(預り延長保育含む)で、質の高い教育を実質無償で受けることができるという成長する権利の保障と安心感を、すべての子どもと保護者が持つことができます。その観点から、地方の保護者はお金、都会の保護者は受け皿がたらないのですから、それぞれ政策のカスタマイズが必要です。

(東大・慶応大教授)

いよいよネット投票実現へ動き出す!? 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第50回】

2017.11.16 Vol.700

 本コラムが先月掲載された後、政界の風景が恐ろしく一変しました。9月の3連休に衆議院解散の動きが突然報じられました。下落気味だった内閣支持率も回復の兆しをみせた一方で、民進党は新体制発足直後からスキャンダル騒動で大揺れ。「小池新党」の選挙準備も不十分であることから、安倍総理が一気に勝負に出てきました。

 ところが、小池百合子氏がここで電撃的な動きをみせます。水面下で進めていた新党旗揚げの準備を急加速させると、安倍総理が25日に記者会見で解散を正式に表明する直前に小池氏は緊急会見を行い、新党名を「希望」とすることと、自らが代表になることを明らかにします。

 もともとはその翌日に新党旗揚げの記者会見がある予定でしたが、1日早めてニュースを提供したのは、その日の政治ニュースが総理の会見一色になるところを、「安倍VS小池」の構図に持ち込むことだったのでしょう。実際、翌朝の新聞各紙の一面は総理会見がトップ扱いだったものの、準トップに小池氏の記事をもってきていました。まさに「目論見どおり」といえるでしょう。

 その後、民進党が公認候補を出さず、事実上、希望の党に合流する方向となり、維新などとも選挙協力が決定。これほど目まぐるしい政局の動きは、1993年の細川政権誕生や2005年の小泉総理が仕掛けた郵政選挙に匹敵、いや、それをも上回る激しさです。世の中が「小池劇場」に揺れる中、津田大介さんがツイッターで「今こそこの本を読もう」と勧めていたのが、4年前に刊行した拙著『テレビが政治をダメにした』(双葉新書)でした。

 この本は、情報社会学者としての知見を下地に、政治家時代に体験した生々しい話を加え、テレビに翻弄される政治の現場の実態に警鐘をならしたものです。本の中では、郵政選挙の事例から、テレビ番組、なかでも政治バラエティ番組に出ているかどうかが比例区の当落を分けている傾向などを明らかにし、政治家がテレビに迎合し、なかには芸能プロダクションと契約までして出演の機会を増やそうとする動きも指摘しました。

 政治がテレビに迎合し、テレビも政治を単純化・劇場化して伝えることに注力してしまわないか? 当たり前ですが、選挙で問われるべきは政策です。テレビ政治においては、“テレビ映え”しない、社会保障や教育、医療や年金といった地味でも非常に重要な政策の論議が後回しになる恐れがあります。いまこそメディア側に自戒を求めたいし、私たち有権者も厳しい眼差しで目を向けていかねばなりません。
(東大・慶応大教授)

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