2021年1月20日、ジョセフ・バイデン大統領の就任式が、2万5000人を超える州兵による厳戒態勢の下、無事挙行された。その場所は、わずか2週間前にトランプ大統領支持者らが暴徒化し5人の死者を出した合衆国連邦議事堂前広場である。そこで、バイデン新大統領は、国民に向かって「赤い州と青い州を争わせるような野蛮な戦争は終わらせよう!」と団結を訴えたのである。しかし、その場には、赤い州を代表するトランプ前大統領の姿はなかった。新大統領就任式に前任者が欠席するのはじつに152年ぶりとのこと。トランプ氏の気性もさることながら、バイデン新大統領を待ち受ける厳しい前途を暗示しているといえよう。
それにしても、合衆国憲法に定められた大統領任期が終わる「4年目の1月20日正午」までの道のりは途轍もなく長く険しいものだった。とくに、「大規模な選挙不正により選挙結果が盗まれた」とする疑惑は、SNSに乗って米国のみならず世界を駆け巡り、トランプ氏に対する同情や熱烈支持とともに、バイデン氏の当選(延いては、アメリカ民主主義そのもの)の正統性を著しく傷つけることとなった。
とくに今回の米大統領選挙をめぐっていささか驚いたのは、日本のネット上でトランプ擁護論が沸騰し、「不正選挙」に対し怒りをあらわにして米国民主党や不正選挙を否定するメディア、「不正選挙の訴え」をことごとく却下した米国司法制度にまで激烈な批判を浴びせる人が多かったことだ。日本人は、いつの間にこれほど米国の民主主義や司法制度に興味や関心を寄せるようになったのだろう。
もちろん、日本のトランプ支持者の多くが、米国の民主主義や選挙制度などに特段の関心があるわけではない。トランプ氏の対中政策に共感したり、これまで誰も口にできなかったことをズバリ発言するその本音トークに心酔してきた人々が、(Qアノンらによる陰謀論はともかく)ネット上に氾濫する「不正選挙」の噂や「動かぬ証拠!」の数々によって正義感を掻き立てられたというのが真相なのではないか。
しかし、安全保障の観点で考えると、今回の特異現象は誠に由々しき問題をはらんでいるといわざるを得ない。それは、SNSを通じた外部勢力による世論誘導工作(influence operations)の恐ろしさである。4年前の大統領選挙では、ロシア政府による選挙介入工作の深刻さに米情報機関が警鐘を鳴らしていた。今回の選挙で、ロシアや中国(北朝鮮やイラン)による誘導工作がどの程度結果に影響を与えていたかは定かではないが、少なくとも日本社会が外部からの世論誘導にどれほど脆弱であるか、図らずも浮き彫りになったのではないか。逆に、中国のような言論統制の徹底した全体主義国家は、日本のような開かれた民主主義国家に比べ、攻撃にも防御にも強い。
米国にせよ日本にせよ、言論・表現の自由は最大限尊重しつつも、社会の分断を助長し国家を混乱に陥れ(安全保障を損なわせ)る「フェイクニュース・スプレッター(拡散者)」の存在には、十分注意すべきだろう。
(衆議院議員 長島昭久)