コロナ禍による需要急減で、各国大手航空会社の 2020 年度決算は、前年比5割~8割の減収となった。
昨年の後半以降、経済活動の再開を宣言する国は増加し、ここ日本でも期待の声が高まったが、オミクロン株の出現によって急停止。日本航空、ANAホールディングスともに、22年3月期連結業績予想(国際会計基準)について、純損益1000億円以上の赤字になる見通しと発表するなど、依然、航空業界には厳しい向かい風が吹いている。
そんな状況下にあって、存在感を高めている航空会社がある。カタールのナショナル・フラッグ・キャリアであるカタール航空(以下、QR)だ。IATA(国際航空運送協会)のデータによると、新型コロナウイルスのパンデミックが本格化する2020年4月の同社の有償旅客キロ(有償旅客の輸送距離)は、13億キロメートル超え。この数字は、世界市場の17・8%のシェアを記録し、世界1位の輸送量となったほどである。パンデミックの最中であるにもかかわらず、グループの経営成績は回復力を示し、20/21年の経営損失はコロナ前(19/20年)と比較して7%の減少にとどまっている。
世界各国の入国制限が厳しくなり、運休を選択する航空会社が相次ぐ中、どうしてQRは有償旅客を伸ばすことができたのか? QRマーケティング部が教える。
「我々は帰国支援をするため、最も縮小したときでも五大陸・33の就航都市へ、週150便の運航を下回ることはありませんでした。また、入国規制の変更によりフライトの延期や欠航を余儀なくされた場合でも、無料の予約変更など柔軟に対応できるように努めていました」
驚くことに、QRは20年2月以降、約320万人の帰国支援を行い、日本人に対してもJICA(国際協力機構)などの公的機関や日系企業の海外赴任者の帰国をサポート。さらには、世界中の医療関係者に10万枚、教育従事者に2万1000枚の無料チケットを提供するなど、コロナに立ち向かう人々を支援し続けたという。
こうした対応もあって、「大きな信頼感につながったのではないかと思います」とQRマーケティング部は語る。
もちろん、コロナ対策に万全を期したからこその運行でもある。先述したように20年2月以降帰国支援を続け、実に4万6000便以上のフライトを運行してきたが、陽性の乗客が確認されたのは、全体の0.002%に過ぎない。
「弊社ではIATA やWHOが推奨する製品を使用し、入念な清掃と消毒を行っています。また、20年9月にはハネウェル社の紫外線キャビン洗浄システム(シートや床などに付着したウイルスや細菌を不活性化する)を世界の航空会社に先駆けて導入しました」
このほかにも、機内を再循環する空気中のウイルスや細菌を99.97%除去できる大型HEPAフィルターを実装するなど、衛生面において最高水準の機内環境を実現しているという。
11月に開幕するサッカーW杯の開催地でもあるカタール。首都・ドーハは近代化が著しい
航空業界には、ミシュランのように格付けを行う、英国・SKYTRAX社が運営する「エアライン・スター・ランキング」がある。コロナ禍以降、科学的な調査に基づいた「新型コロナ安全対策評価」という基準が設けられたのだが、QRは世界で初めて五つ星を獲得したグローバルエアラインとなった。徹底した感染対策を行っているからこそ、運休ではなく運行という判断に舵を切り、高い顧客満足度につながっているというわけだ。
とはいえ、快適な旅ができなければ利用者は増えないだろう。先のSKYTRAX社では、利用者の投票によるその年のWorld’s Best Airlines(世界最高の航空会社賞)を発表しており、QRはコロナ禍の21年を含め、過去6度一位に輝いている。また、「ビジネスクラス座席」においてもトップに輝いている。
海外旅行について60冊以上の著書を持つ旅行作家・コラムニストの山下マヌー氏は、「コロナ対策だけでなく、シンプルにホスピタリティの高さに驚く」と語る。
「エコノミーでも機内食をはじめ満足度の高いサービスを体験できるが、とりわけビジネスクラスに相当する「Qスイート」のサービスは群を抜いている。これまで350回以上海外取材を行い、さまざまな機体に搭乗したが、まるでファーストクラスのよう。食事は好きなときにオーダー可能なアラカルト形式。ビジネスクラスとは思えないほど広く、扉も閉まるため完全なプライベート空間になる」(山下氏)
扉を閉めると完全なプライベート空間に
前出・QRマーケティング部も、「Qスイートの人気はとても高いです」と隠さない。
「他航空会社の社員の方の中には、自社の直行便を使わずに、あえてドーハ経由でヨーロッパに向かう方もいます。席によってはパーティションを可動させることで、2人掛け、4人掛けのプライベートスイートへ早変わりします。ドーハのハマド国際空港のラウンジを利用できることもあって、トランジットをしてでもQスイートに乗りたいという方は多いです」
気になるのは値段だが、山下氏は「財布に優しい」と断言する。
「QRは、同じビジネスクラス運賃でも運賃の種類が多く、例えば座席指定不可の運賃やラウンジが使えない運賃など安く設定しているQスイートのプランがある。また、日本発の場合は燃油サーチャージがないため、合計総額が安くなる可能性もある。比較サイトでは、運賃が他社より安く出てくることもあるので、驚くような金額のときもある」
3月以降、 1日あたりの入国者数の上限を、現在の3500人から5000人に引き上げることが表明されたが、経済界からは「鎖国状態」と揶揄されている。段階的な緩和は焼け石に水……厳しい水際対策が続くことが予想される。まだまだ負荷のかかる渡航となりそうだが、こうした対応に山下氏は危機感を覚えると話す。
今年1月の成田空港。静まり返った姿が印象的。
「今年一月、成田空港とチャンギ国際空港(シンガポール)、そしてハマド空港を利用しましたが、成田空港は飲食店を含めほぼ閉鎖状態です。チャンギは半分ほど、ハマドにいたってはほぼ100%開店していました。活気という意味では雲泥の差」
ハマド国際空港は、空港としても「新型コロナ安全対策評価」で五つ星を獲得している。ここ日本でも、羽田空港が五つ星を獲得したのだが、外国からの入国を制限する状況が続き、空港内は静まり返っている。
ハマド国際空港は、20年3月から現在に至るまで24時間営業を継続し、多くのショップをクローズドさせることなく、渡航者へサービスを提供し続けた。諸所の手続きは必要だが、カタールでは日本はグリーンリスト国なので(22年2月末時点)、旅行の場合であればワクチンを2回打っていれば隔離はない。長期化するコロナ禍でも、できることとできないこと、どんな可能性があるのか――歩みを止めなかったからこそ「コロナ時代の海外旅行(出張)」を実現している。柔軟性を欠いた日本に、その見地が蓄積されているのだろうか。
同じく今年1月のハマド国際空港。成田とは打って変わって活気にあふれている。
「いま来てくれている人を大事にしようという発想が、カタール航空、ハマド国際空港にはある。一方、日本にはそれがない。入国に関して外国人が反感を抱くのも納得。せめて選択肢を増やし、選べるようにしないと、日本は旅行先としてもビジネス相手としても後回しにされてしまうのではないか」(山下氏)
日本の「快適な空の旅」はどこへ向かうのか? カタール航空から学ぶべき点は多い。
(取材と文・我妻弘崇)