「夏休みの自由研究」という言葉を思い出した。
8月31日まで蟹ブックス(東京・高円寺)で行われている『42歳のごめたん展 in 蟹ブックス』を訪れると、大人になっても「夏休みの自由研究」のような“自分のこだわり”を形にすることの大切さを説かれたような気持ちになる。
漠然とした時間を過ごしている――そんなことを自分自身に感じているなら、この夏、絶対に訪れて損のない場所だ。
「何かを始めることって何歳からでも遅くない」
そう笑って話すのは、お笑いトリオ「グランジ」のメンバーである五明拓弥さん。“ごめたん”とは、彼が漫画家になる際のペンネームであり、この展示会の主でもある。
五明さんは、昨年、『39歳の免許合宿~ストーリーは自分(てめぇ)で創れ~ 』(ワニブックス)を発売し、“新人マンガ家”として脚光を浴びる。同作は、Twitterで公開されるや、2022年の「傑作togetterまとめ30」(約17万本から選ばれた30のネタ)に選ばれるほど大きくバズるや、同人誌即売会「コミティア」での自費出版とオンライン販売を経て、ついにはワニブックスからメジャー版がリリースされるまでに化ける。五明さんは、それらのプロセスを自ら一気通貫で行い、本当にストーリーをてめぇで創ってしまったのだ。
『42歳のごめたん展 in 蟹ブックス』は、今なお彼がストーリーを作り続けていることを体験できる場であると同時に、大人になると忘れがちな “てめぇでやる感”を思い出させてくれる空間なのだ。
同展の目玉は、ごめたん名義としては2作目となる『カーシェアグルメドライブ~車を買えない大人の至福の6時間~』(教習社)の発売だろう。再び自費出版からの出発ではあるが、五明さんは「デジタルの時代ですけど、きちんと残るものにしたいんですよね」と意図を説明する。
「車の免許を取得したことで、41歳で見つけた新しい趣味がドライブでした。でも、車を買う余裕はないので、カーシェアを使って運転の腕が鈍らないようにドライブをしていました。せっかくなら目的があった方がいいと思って、自分が気になった美味しいものを食べに出かけるドライブをするようになったんです。本当は『 39歳の免許合宿』の印税で車を買う予定だったんですけど……現実は甘くない!」(五明さん)
そう眉間にしわを寄せながら笑って話すが、車を購入していたらこの作品が生まれることはなかっただろう。返却時間が決まっている(=行ける範囲が限られる)カーシェアだからこその悲喜こもごもが、このマンガを唯一無二のグルメマンガ足らしめているからだ。
また、同展に飾られる『39歳の免許合宿』発売から『カーシェアグルメドライブ』までの1年間をまとめた展示品の数々も見ごたえたっぷりだ。マンガの名シーンをモチーフにした直筆イラスト『交通安全キーホルダー100個』、『39歳の免許合宿』に登場した囚人飯のサンプル、これまで訪れたお店をまとめたカーシェアグルメマップなど、尋常ではない熱量と好き勝手さが伝わってくる。
中でも、五明さん自身「完全にどうかしているグッズ」と認める、歴代の五明さんの免許証の写真全8枚(シークレットあり)がステッカーになったガチャガチャ(1回200円)は、あまりのピーキーさに言葉を失う。
「39歳で車の運転免許を取得しましたけど、10代から原付バイクを運転していたので免許証自体は持っていたんです。たまたま昔の免許証を保管していたんですけど、まさかこんな形でいかされる日が来るとは思わなかった(笑)。誰が買うんだろうと思っていたんですけど、結構、皆さん回してくれて。本当にありがたいです」(五明さん)
若かりし時代の五明さんの免許証ステッカーを眺めていると、「原付しか乗れないのにきちんとした表情で写真に収まるんだな」と、見るものを不思議な気持ちにさせてくれる。車を運転できる風の顔を装っている五明さんの表情がセンチメンタルであると同時に、この顔を知ってから『39歳の免許合宿』を読み直すと、車の運転に対する本気度やあこがれがさらに伝わってくること必至だ。
あまりに大胆な企画展だが、蟹ブックスのスタッフ・柏崎沙織さんは、「私たちからオファーさせていただきました」と明かす。
蟹ブックスは、柏崎さんを含む『HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE』で働いていた3名(店長の花田菜々子さんは、実体験をもとにした『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』の著者でもある)によって、昨年9月にオープンした新しい書店だ。
「私たち全員が『39歳の免許合宿』のファンだったこともあるのですが、オープンしてから今にいたるまで、『39歳の免許合宿』はずっと売れ続けるロングセラーマンガでした。そこで蟹ブックスでも何かできないかなと思っていました」(柏崎さん)
『39歳の免許合宿』は、BEAMSやパルコでも企画展を行うほど人気を博していた。そのため、「自分たちがオファーをしても断られるのではないかと思っていた」と柏崎さんは話す。
その話を隣で聞いていた五明さんは、笑いながら振り返る。
「僕は、『ごめたんのアイコン似顔絵』と題して、毎月1回都内で対面似顔絵イベントを開催しているのですが、実は柏崎さんはそこに来てくださったお客さんでした。その場で、オファーをいただいて『全力でやらせていただきます』と即答しました」