「宿泊の概念が変わるかもしれない」。取材を終えて、そう感じたほどだった――。
皆さんは、シャレーという宿泊施設を知っているだろうか? 端的に言えば、山小屋風の宿泊施設。言葉そのものは、スイスのアルプス地方に存在する大きな屋根の突き出た住居、またはそれを模した山荘を意味する。
ややもすればロッジやペンションと混同しがちだが、実際にシャレーを訪れるとまったく似て非なるものだと気が付く。より私邸のようなたたずまいが強く高級感が漂う。国内にもいくつかシャレーが集うスポットがあるが、中でも“和田野の森”と呼ばれる長野県北安曇郡白馬村・和田野周辺は、外国人からも支持を集める人気のシャレーが並んでいる。
和田野にシャレーを構える、そのほとんどは外国人だ。白馬で休暇を優雅に過ごすために、土地を購入し、所有者それぞれが思い思いにリラックスできるようにデザインをしている。個性豊かなシャレーが、ぽつぽつと森の中に存在する光景は、まさに別邸という言葉が相応しい。この時点で、軒を連ねて密集しがちなロッジやペンションとは趣き異にする。解放感が桁違いなのだ。
当然、彼らは自国に戻らなければならない。そのため一年の大部分は主人のいない空き家となる。そこでシャレーの主たちは、自分たちが過ごしていない期間を、白馬ホテルグループに委託することで、旅行者に宿泊先として提供しているのだ。
上写真は、「フェニックスワン」というシャレー内部だが、その広さと内装デザインに目を丸くしてしまう。システマチックなファシリティに加え、空間のデザインが外国のそれである。天井の高さや開放感のある大きな窓、そしてテラス席や書斎など、生活のギアを変えられるようなスペースが備わっている。俗っぽく言うなら、とにかく“かっこいい”のだ。
高さを生み出すことで白馬の自然をより堪能できるように、リビングは二階に作られている。一階はというと、ガレージ、トレーニングルーム、サウナ室……「渡辺篤史の建もの探訪」みたいになってしまっているが、誰かに伝えたくなるほど機能的かつ居心地がいい。バーベキューアリアを備え、システムキッチン完備、ベッドルーム4部屋、4バスルーム、5トイレ……広さにして実に283平方メートル(三階建て)、約170畳分の広さを誇る。
「でも、お高いんでしょ?」。
通販番組よろしく、誰もが気になるところだろう。ハイシーズンともなれば高騰かつ予約困難だが、レギュラーシーズンやオフシーズンとなれば、そうでもない。最大10人で宿泊できるため、人数が増えるほど割安に。仮に10人で宿泊するなら、シーズンと日数にもよるが一人当たり一泊10000円~20000円で収まるというから驚きだ。しかも夕食のBBQセット込みで、だ。
「先日は、ノートパソコンを片手にノマドワーカーのグループが宿泊されました。緑に囲まれた空間で仕事をして、夜はお酒を飲みながら仲間と自炊をして楽しむ。リラックスしたい方は、岩岳エリアや栂池エリアに行ってのんびり自然を眺める……そういった使い方をされる方もいます」
そう教えてくれたのは、白馬ホテルグループの末川さん。また、「恩師が喜寿を迎えたということで、先生を祝いつつ高校時代の同窓生が集うなんてケースもありました」というように、宿泊&滞在のスタイルは多岐にわたっているから面白い。
住んでいる場所がバラバラでも、シャレーという宿泊施設を利用すれば、現地集合、現地解散が可能。宿泊代表者が白馬にある窓口で鍵を受け取るだけなので、煩わしいチェックインやチェックアウトの手続きもない。シャレーの宿泊施設の類型は、旅館業法における簡易宿所営業に相当するため、民泊とは異なり、都道府県知事(または市長、特別区では区長)の許可を受ける必要がある。民泊のような自由性がありながらも、トラブルが散見する民泊とは異なる法律で括られているため安心感が高いこともポイントだ。「宿泊に関する相談などあればお気軽にご相談ください。料金設定など、なかなか分かりづらいと思いますので」と優しく説明してくれる末川さんをはじめとした、白馬ホテルグループのサポートも心強い。
「AMO54」にはキッズルームがある。このように和田野に集うシャレーは、一つ一つ特徴が異なる。ママ友が子どもたちとともに宿泊する、ビジネスマンが合宿感覚で宿泊する、気の合う飲み友達と思い出作りのために宿泊する……そういった十人十色の過ごし方が、ここではできるというわけ。言うなれば、同じ空間にいながらにして、気の合う友人たちと“休暇をシェア”しているようなものだ。
何より日々の暮らしの快適さを追求したかのような洗練された空間設計が、素晴らしい。周辺には大自然が広がり、深呼吸するだけで心が癒されるような風景が眼前に迫る。こういった場所で一呼吸置きながら仕事をしたら、実は都会にいるよりも効率的かつ生産的な労働につながるのではないかと想像してしまった。ここでは、驚くほどにゆっくりと、思う存分、自分の好きなように時間を使える快適さが備わっている。
昨今、働き方改革が叫ばれ、それにともなう休み方も注目を集めつつある。一方で、そもそもオンとオフの切り替えができない人も少なくない。「みんなに迷惑がかかりそうだから」という理由から有休を取得しない人は、いまだ一定数いる。オンとオフの切り替えが苦手な人ほど、オフになったときに思う存分羽を広げようとする。も、かえって疲れてしまうなんてことは珍しくない。
よくよく旅行というものを考えたとき、我たちは気が付くと、あれもこれもと詰め込んでいるような気がする。「せっかく来たんだから」、「ようやく休みが取れんたんだから」。まるで「バイキングに来たのだから限界まで食べないともったいない」という心理が働き、休みに来たはずなのに、休めていない状態に陥ってしまうなんてことは、“旅行あるある”だ。
ともすれば、きっちり休むという快適性を重視した旅行があってもいいはずだ。あえて予定を詰め込まず、のんびりと滞在する……昔でいうところの長逗留のような過ごし方があっていい。でも、何もないとつまらない。だから、多くの人は旅先でせっせせっせと動き回る。そして、疲れる。
白馬のシャレーは、新しい宿泊をイメージさせるものだ。雄大な自然に加え、ともに過ごす友人や仲間がいる。書斎に籠って仕事をしたい人は、すればいい。昼間からビールを飲みたい人はテラス席で鳥のさえずりを聞きながら飲めばいい。絶景を見たい人はゴンドラに乗って北アルプスを眺めに行けばいい。しかも、それらの行動は気分次第ですぐに方向転換できてしまう。「いいアイデアが浮かばない! だったら、山でも見に行こう」。そんなウルトラCの休み方。休暇をシェアするという宿泊スタイル。夜は、今日一日のそれぞれの行動を報告しながらワイワイと飲めばいい。これはもう“逗留2.0”だ。
今年7月には、岩岳エリアにある“天空のカフェ”『白馬マウンテンハーバー』の隣に、屋外Wi-Fiシェアワーキングスペースが誕生する。
Aさん「今日はどんな予定?」
Bさん「天気が良いから、 白馬マウンテンハーバーで昼食を食べて、そのまま標高1300メートルで仕事しようと思う」
Aさん「オッケー。俺たちはまずはリビングでビールを飲んでから考えることにするよ。もしかしたら合流するかも」
Bさん「はいよ~」
Cさん「私は昼過ぎまでテラスで本を読むことにする」
白馬のシャレーは、そんな働き方と休み方ができる。新しい旅行の形、いや、これは旅行なのか? 旅行に非日常を求めない。暮らしの延長線上に、いつもとは違う光景――“異日常”を求めたい方は、きっとハマると思う。
(取材と文・我妻弘崇