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「ギャラを持っていかれる」ことに対して文句なんて一つもない。NSCで最初に教えるべきは、ボトルキープ理論だ【徳井健太の菩薩目線 第226回】

2024.12.10 Vol.web Original

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第226回目は、ボトルキープについて、独自の梵鐘を鳴らす――。

 考えれば考えるほど、ボトルキープは興味深い文化だなって思う。

「今までボトルキープしたことがないんだよね」

 と奥さんに伝えたら、「うそでしょ」と言わんばかりにぎょっとされた。北九州で生まれた彼女にとってボトルキープは当たり前だそうで、小さい頃にお父さんとお母さんと居酒屋へ行くと、決まってボトルキープが置いてあったという。

 奥さんは、「特に意味があったわけではないと思うよ」と断りを入れるものの、たしかにボトルキープはよくできているなと、僕は思った。もちろん、リーズナブルさはあるだろう。でも、安さだけを求めるなら、そのボトルをスーパーで買って家で飲んだ方が、もっと安上がりだ。

 ボトルキープをする――。

 そうすると、「また来るからね」という意思表示になる。暗黙の了解としてのボトルキープ。コミュニティとしてのボトルキープは、一定の役割を果たしているということになる。あくまで僕個人の肌感だけど、ボトルキープは西日本の方が一般的なイメージがある。対照的に、東京でボトルキープをしているお店は、かなり限られるのではないかと思う。

 いま、東京で飲んでいると、なかなかコミュニティを感じられる機会は少ない。そこには、自分のことだけしか考えられない個人主義的な発想もあるだろうし、街が都市化していくにつれ、地域社会に対する関心の希薄化もある。飲みに行っても、個人的な趣味や嗜好で飲んでいる人が多く、コミュニティを考えて飲んでいる人なんて、一体どれくらいいるのだろうかと勘繰ってしまう。

 ボトルキープ的な考え方を、生きていく中に取り入れてみると面白いと思うんです。

 人間関係や仕事の中において、自分と輪をつなぐような“何か”はあった方が望ましい。酒場におけるボトルキープのように、何かがキープされているから、持ちつ持たれつ、そこに居場所が生まれる。

 例えば所属事務所。僕は吉本興業に所属しているから、当然ギャラの何割かは事務所に持っていかれる。それに対して、不平不満を口にする若い子たちも少なくない。

 でも、こう考えてみたらどうだろう。

 僕らが全く売れていない頃、僕らは売れている先輩たちの“持っていかれたお金”によって生かされていた。稼いでくれる人がいるから、無名で実力もない僕たちは一応所属という形になっていたし、その看板があることで、僕らも笑いが好きでい続けられたと思う。

「そうはいってもたかだか数百円のギャラしかもらえないじゃないですか?」なんて反論もあるだろうけど、本当は数百円ももらえないような杜撰でエゴにまみれた笑いしかしていない。もらえるだけでもありがたいし、もっと言えば劇場代や諸経費は事務所が持ってくれている。しかも、たった数百円でも、「こんなにウケたのに500円かよ」とか、「交通費を考えるとマイナスになる」とか話のネタにもなる。こんなことを笑って話せたり、いつかを夢見てチャレンジできるのは、誰かが稼いでくれているから。

 だから、自分たちがそれなりに売れ始めたとき、「割に合わない」と話すのは、僕には違和感に映る。持っていかれるお金は、ボトルキープのような存在で、それがあるから居場所があって、コミュニティが成立するのだと思う。

 こうしたことを理解するには、年齢を重ねていかないと分からないことかもしれない。吉本であればNSCの授業で伝えた方がいいと思うし、社会であれば高校や大学の授業で教えてあげてもいいんじゃないかなって思ったりもする。今は言葉で説明してあげないと分からない人が増えたから。

 極論かもしれないけど、常連だった僕が死んでしまったら、店の飲み仲間たちはいつか僕のことを忘れるだろう。別に思い出してほしいってわけじゃないけど、もし仮に「徳井さん」ってボトルが残っていたら――。そういうものがあるのとないのとでは、まるで世界は変わってくる。世の中、もっとボトルキープ的な発想があったら、人に対して優しくできたり、想像力が豊かになったりするんじゃないかなと、つくづく思う。

ホーキング博士とタイムトラベルのせいで巨大夫婦喧嘩。後悔を公開。【徳井健太の菩薩目線 第221回】

2024.10.20 Vol.web original

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第221回目は、タイムトラベルについて、独自の梵鐘を鳴らす――。

 東京で開催される花火大会を観に行きたいと思いつつ、小さい子どもを育てている僕らにとって、人ごみの中を進むというのはなかなか腰が重い。でも、やっぱり刺激的な花火を子どもに観させてあげたいって気持ちがわいてくる。

 どうしたものかと一考した僕たちは、我が家のベランダから「神宮花火大会」を、頑張れば観られるのではないかと考えた。“頑張れば”という言葉が出てきている時点で、かなり雲行きは怪しいんだろうけど、「やらない後悔より、やる後悔」なんて言葉もある。ベランダにちょっとした食べ物を持ち込んで、そこから花火を鑑賞しよう――。そう提案した僕は、ベランダに勢い勇んで飲み物や料理を準備した。

 その日はとても暑く、夕方だというのにベランダは、うだるような熱が充満していた。だけど、あとちょっとしたら花火が始まる。僕は勢いよく、缶ビールのふたを開け、夜空が彩られるそのときを待った。

 遠くの方でドンドンと打ち上がる音がする。「始まった!」。ドンドン、ドンドン。だけど、一向に光は見えない。硝煙が空を覆い、ベランダを不穏な空気が包む。僕たち一家のテンションも、硝煙と比例するようにモヤがかかっていくような気分だった。

 空は見えるのに、花火は見えない。ビールは、自然の摂理に従うようにぬるくなり、いよいよ子どももぐずり出した。室外機から放たれる50℃の熱風に、奥さんも不機嫌になっていく。誰もいない部屋に送られる快適な風の対価である、焦げるような室外機の熱風を浴びながら、「冷房を止めて観るくらいの覚悟が必要だったのかな」と僕は首をひねった。部屋に、戻ろっかな。

 だけど僕は、自分から言い出したアイデアだったこともあって、安易に部屋の中に入ろうとは言えなかった。人間というのは恐ろしい。クソのようなプライドほどしがみついてしまう。完全に僕のミスだというのに言い出すことができず、イライラだけが募っていく。暑すぎる。「戻ろう」。限界を迎え、僕たちは最初から花火なんてなかったかのように、そそくさと完璧な涼しさに包まれる部屋へ戻ることにした。

 しばらくは何をして、何を話したか記憶にない。気が付くと、僕と奥さんはタイムトラベルについて話をしていた。暑さで脳が、まだやられていた証拠だ。

 世界的な学者であるホーキング博士が、生前、タイムトラベルにまつまる次のような実験をしている。

“タイムトラベラーがいるかということを確かめるためにパーティーを企画し、その後、「こういうパーティーを私は開催していた」と招待状を公開する”

 するとどうなるか? もし未来人が、この招待状の存在を知ったなら、一人くらいはタイムマシンに乗って、ホーキング博士が主催するパーティーに駆けつけるのではないか――。

 とんちとも皮肉とも言えるホーキング博士のパーティーには、結局(当たり前?)、誰も来なかった。ということは、タイムトラベルは存在しないのではないか。「そうホーキング博士は投げかけたんだよ」。僕が奥さんに話すと、

「やり口が気に食わない」

 と、彼女は世界的な博士を一蹴した。花火鑑賞がうまくいかず、お互いに苛立っていたこともあって、僕はムッとした。

「そう思う人もいるだろうけど、全員が全員、『ムカつくから行かない』ってわけはないじゃん。地球が滅びるその日まで、俺たちが死んでも未来人はいるわけだから、1人くらいもの好きがいて、冷やかしに来てもいいだろ」

 僕らは、何一つ自分たちの生活に関係ないタイムトラベルについて、久々に口論になった。

「私だったら、そんな偉そうなパーティーに絶対に行かない。何様? そんな博士のパーティーに行ってたまるかって私だったら思う」

 彼女は、私が行かないんだから未来人も行かないと一向に譲らなかった。未来ではなく、今を生きている人なんだなと思った。だけど、無性にムカついた僕は、何の根拠もないのに「来る!」の一点突破に賭けた。双方ともに水を掛け合う時間が続いた。本当にタイムトラベルが存在するんだったら、僕らの家系の未来人がやってきて、「神宮花火大会は絶対にベランダで見たらダメだよ」って、昨日の僕に言っているはずのに。博士のパーティーには、誰もやってこないって、途中から気が付いていた。その代わりと言っては何だけど、早くベランダに、秋よ、やってこい。

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