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ホーキング博士とタイムトラベルのせいで巨大夫婦喧嘩。後悔を公開。【徳井健太の菩薩目線 第221回】

2024.10.20 Vol.web original

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第221回目は、タイムトラベルについて、独自の梵鐘を鳴らす――。

 東京で開催される花火大会を観に行きたいと思いつつ、小さい子どもを育てている僕らにとって、人ごみの中を進むというのはなかなか腰が重い。でも、やっぱり刺激的な花火を子どもに観させてあげたいって気持ちがわいてくる。

 どうしたものかと一考した僕たちは、我が家のベランダから「神宮花火大会」を、頑張れば観られるのではないかと考えた。“頑張れば”という言葉が出てきている時点で、かなり雲行きは怪しいんだろうけど、「やらない後悔より、やる後悔」なんて言葉もある。ベランダにちょっとした食べ物を持ち込んで、そこから花火を鑑賞しよう――。そう提案した僕は、ベランダに勢い勇んで飲み物や料理を準備した。

 その日はとても暑く、夕方だというのにベランダは、うだるような熱が充満していた。だけど、あとちょっとしたら花火が始まる。僕は勢いよく、缶ビールのふたを開け、夜空が彩られるそのときを待った。

 遠くの方でドンドンと打ち上がる音がする。「始まった!」。ドンドン、ドンドン。だけど、一向に光は見えない。硝煙が空を覆い、ベランダを不穏な空気が包む。僕たち一家のテンションも、硝煙と比例するようにモヤがかかっていくような気分だった。

 空は見えるのに、花火は見えない。ビールは、自然の摂理に従うようにぬるくなり、いよいよ子どももぐずり出した。室外機から放たれる50℃の熱風に、奥さんも不機嫌になっていく。誰もいない部屋に送られる快適な風の対価である、焦げるような室外機の熱風を浴びながら、「冷房を止めて観るくらいの覚悟が必要だったのかな」と僕は首をひねった。部屋に、戻ろっかな。

 だけど僕は、自分から言い出したアイデアだったこともあって、安易に部屋の中に入ろうとは言えなかった。人間というのは恐ろしい。クソのようなプライドほどしがみついてしまう。完全に僕のミスだというのに言い出すことができず、イライラだけが募っていく。暑すぎる。「戻ろう」。限界を迎え、僕たちは最初から花火なんてなかったかのように、そそくさと完璧な涼しさに包まれる部屋へ戻ることにした。

 しばらくは何をして、何を話したか記憶にない。気が付くと、僕と奥さんはタイムトラベルについて話をしていた。暑さで脳が、まだやられていた証拠だ。

 世界的な学者であるホーキング博士が、生前、タイムトラベルにまつまる次のような実験をしている。

“タイムトラベラーがいるかということを確かめるためにパーティーを企画し、その後、「こういうパーティーを私は開催していた」と招待状を公開する”

 するとどうなるか? もし未来人が、この招待状の存在を知ったなら、一人くらいはタイムマシンに乗って、ホーキング博士が主催するパーティーに駆けつけるのではないか――。

 とんちとも皮肉とも言えるホーキング博士のパーティーには、結局(当たり前?)、誰も来なかった。ということは、タイムトラベルは存在しないのではないか。「そうホーキング博士は投げかけたんだよ」。僕が奥さんに話すと、

「やり口が気に食わない」

 と、彼女は世界的な博士を一蹴した。花火鑑賞がうまくいかず、お互いに苛立っていたこともあって、僕はムッとした。

「そう思う人もいるだろうけど、全員が全員、『ムカつくから行かない』ってわけはないじゃん。地球が滅びるその日まで、俺たちが死んでも未来人はいるわけだから、1人くらいもの好きがいて、冷やかしに来てもいいだろ」

 僕らは、何一つ自分たちの生活に関係ないタイムトラベルについて、久々に口論になった。

「私だったら、そんな偉そうなパーティーに絶対に行かない。何様? そんな博士のパーティーに行ってたまるかって私だったら思う」

 彼女は、私が行かないんだから未来人も行かないと一向に譲らなかった。未来ではなく、今を生きている人なんだなと思った。だけど、無性にムカついた僕は、何の根拠もないのに「来る!」の一点突破に賭けた。双方ともに水を掛け合う時間が続いた。本当にタイムトラベルが存在するんだったら、僕らの家系の未来人がやってきて、「神宮花火大会は絶対にベランダで見たらダメだよ」って、昨日の僕に言っているはずのに。博士のパーティーには、誰もやってこないって、途中から気が付いていた。その代わりと言っては何だけど、早くベランダに、秋よ、やってこい。

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